『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。
 
 
「それにしても、あの光景は凄かったよなぁ」
と尾栗三佐が言う。
「尾栗、不謹慎だぞ?」
そんな彼を諌めるのは、眼鏡をかけた菊池三佐だ。(鬼の砲雷長とも言われてるが、仕事を離れるとそうは見えないのが不思議だ)
「だって、あの物静かな君が酒飲まされて、かんざし挿した粋な男はもう、飲めや歌えで大騒ぎだし。
 あんな光景、ここで見られるなんて思ってなかったからなぁ。」
と、いつもの飲み会を思い出しながらだろう、尾栗三佐が言う。
そう、あの日この店に入ると、いつもの店からは想像がつかないくらい、騒がしかった。
『Dolphin Street』
「お?」
そう言って扉を開けたまま固まった角松二佐の前から飛び込んできたのは、恐らくここに来始めてから初めて聞いたんじゃないだろうか?と思うくらいの喧騒だった。
「な・・・何か・・・あったのか?」
喧嘩か何か起こっているのだろうか?
そう思って扉を開けた二佐の前を覗き込むと、カウンターにはさんが座っていて、その隣にはかんざしを挿した髪の長い男の人が座っていた。
そして、みんなその二人の方へと声を掛けている。
「負けたら・・・分かってますか?」
と響く女性の冷静な声。
「わかってるよ。勝ったら、ボクのサボリは見逃してくれるんでしょ、七緒ちゃん?」
と眼鏡を掛けた女性、七緒さんに男が答えていた。
サボリ?
この男、仕事をサボってここにいるのか? それにしても、勝ったらって一体何を勝負・・・
そう思って、彼らの前に置かれた酒に目をやったとき、俺は・・・うわぁぁぁ・・・と思った。
「ウォッカxウォッカ・・・度数は70と30に抑えてありますから」
と、マスターがニヤニヤしながらカウンターに置いた。
あんなもの飲んだら、俺・・・死ぬ。
それにしても、なんだってこんな・・・
というよりも、かんざしの男の人も随分無謀なことに勝負を掛けたものだ、と俺は正直そう思った。
事実、さんの酒の強さは、「ザル」と言われている角松二佐もお墨付きの強さなのだ。
あぁいう人のことを、「ワク」と言うのだ・・・ということを、角松二佐を始めとするこの三人で経験済みだ。
なんせ、三人が酔いつぶれていたとしても一人ケロッとしながら
「帰り一人で運ぶの大変でしょうから、よろしければ俺に手伝わせてください。」
と言って、流石に運転はしないものの、一人一人運ぶのを手伝ってくれたこともあるくらいだ。
「無謀だなぁ、あの男・・・」
と、早速尾栗三佐がそう言った。
やはり、さんの酒の強さを認めているらしい。
「尾栗もそう思うか?」
と、菊池三佐が尾栗三佐に聞き返す。
「あぁ。だって、の酒の強さは半端じゃない。それは、俺たちで立証済みだ」
と言って、人が多いカウンターを避けて奥の席(とは言っても、カウンターが見えるところ)へと腰をおろした。
「確かにな。」
答えた菊池三佐が、カウンターから抜けてきたマスターに酒(こちらは普通)と野菜スティックを注文する。
「それにしても、なんだってこんなに人が?」
とマスターに聞いたのは角松二佐だった。
「どうやらあの二人を探しにきたらしいです。」
とマスターがカウンターに座るかんざしを挿した男とその隣に座る白い髪の男を見た。
眼鏡を掛けた女の人とは別に、白い髪の男の人の隣に座る、男女の二人組みにも視線をやる。
その時、さんが隣にギターを床にあるスタンドに置いて、苦笑いしながらこっちを見た。
一瞬視線が合うが、しかし声を掛けてはこない。
それにしても、どうして彼の隣でカウンターに銀髪の少年君が突っ伏しているのかが謎だったが・・・
もしかして、飲ましたのだろうか?


彼は、未成年だろうに・・・



「じゃ、一杯目・・・いきますよ?」
と、余り乗り気じゃないんだろうなぁと思う口調でさんが言う。
「ほいきた」
とかんざしの男の人が答える。
「京楽・・・さん、がんばってください!」
と、白い髪の隣から女の子の元気な声が響く。
「おう」
それに気軽にこたえて、二人が一杯目を飲んだ。
タンッ

そんな音を響かせて、二つのグラスがカウンターに置かれる。
うわぁぁぁ・・・
アルコール度数70%のウォッカを、30%の度数で割った酒、ウォッカxウォッカを一気のみした・・・
すげぇぇ・・・
俺には無理だ。
と、酒を飲めない自分の体質のことを考える。
それにしても、本当あのウォッカxウォッカは、本来ならば90%のウォッカを60%のウォッカで割るのだから、マスターが「抑えてありますから」と言った理由も頷けたりする。
 
 
「ふう。京楽さん、大丈夫ですか?」
と言って、恐らく一杯で沈んだであろう、かんざしを挿した男、京楽さんのことを気遣っている。
多分、相手・・・京楽さんは撃沈したはずだ。
「あ・・・」
といったきり、カウンターに突っ伏した。
あらら・・・
やはり勝てなかったか・・・
と思うのと同時に、ヤバイ!と思った。
ガタッ ガタッガタッ!
と言わせて席を立つ人たちがここに三人。
いや、俺を含めて四人。
そして、そこから声を張り上げた。
「マスター!水!!」
と。
急いでマスターが水を持ってくる。
俺とさんは勝手知ったるなんとやらで、彼を床に横たえ、服を緩める。
そんな光景をただ驚く表情で見ていた白い髪の男に
「彼、あなたの知り合い?」
と聞いた。
「あ・・・あぁ」
「彼の保険証とかはありますか?」
と聞いたとき、白い髪の男が
「清音!」
といい、光が走った。




 
「そうなんです。ここ、気に入りましてねぇ」
かんざしの男が言う。
「へぇ。じゃぁ、何か演奏しましょうか?」
さんがギターを抱えながら指で弦を弾く。
「ゆっくりした曲をお願いします。なんだか、そんな気分なんですよ」
と京楽さんが答える。
「では、何か・・・そうですねぇ。さんは、ボサノバ・・・できますか?」
と聞いてきた。
「えぇ、何やるんです?」
と言いつつ、スティックケースからブラシとスティックを用意する。
「そうですねぇ。イパネマの娘・・・
 君、できる?」
と、今度は君に尋ねた。
「はい。・・・ちょっと酒が残っていまして、間違うかもしれませんが・・・なんとか」
と言いつつ、ベースを構えた。
「じゃ、いきます。」
そう言って最後にさんがギターを抱える。


 
途中から、京楽さんが口ずさみ、そして歌詞を見て歌いだした。
あとはもう、飲めや歌えの大騒ぎ。
 
それにしても、どうして俺は、あのかんざしを挿した男の人の名前が『京楽さん』だって知っているのかは、謎のままだったが・・・
ま、そんなこともあるのだろうと、あまり気にしなかった。
アトガキ
記憶消すヤツ
2023/08/07 script変更
管理人 芥屋 芥