『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。
 
 
「で、結局あの後の録音が・・・その・・・撮れていなかった・・・と?」
そう言ってマスターに聞くのは、少しパーマの入った長い髪を無造作に後ろに束ねている男である。
「ハイ。私、すっかりスィッチを押し忘れておりまして・・・」
と、カウンターの向こうからガラスのコップを拭きながら答えるのは、マスターのケリー
「そりゃ残念だなぁ。折角君が参加したそのジャズっていうの、聞きたかったんだけど・・・」
「すみません。・・・一杯、どうゾ」
そう言って差し出されたグラスを、男は静かに受け取った。
『Dolphin Street』

「それにしても、いろんな物が揃ってるんですねぇ。あれは?」
と聞くのは、白い髪を綺麗に伸ばしている、隣の男と同じ年くらいの男だった。
「あれは、ベースです。先程名前が出ましたクンは、あれを弾くんですよ。」
とマスターが言う。
「へぇ。見てみたいもんだねぇ」
「彼が来るのは、珍しいですケドね」
と言って、白い髪の男の人が注文した紅茶を煎れはじめる。
その缶を開けたときに、紅茶のいい薫りが漂ってくる。


カランッ・・・
 
 
という音をさせて、入ってきたのは
「あれ?・・・え・・・っと・・・京楽さん・・・と浮竹さん・・・」
ここでは流石に『隊長』とは言えないがドアを開けて驚いた顔をした。
「おぉ、君。これは偶然かい?」
と、京楽が少し笑いながらに言う。
「どうしたんですか?お二人して・・・まさか、ここで?」
「あ・・・」
ここにいる理由を言おうとした浮竹が何かを言う前に
「そ。ここでちょっとしたサボリ」
その言葉に少し呆れた表情をした
「伊勢さんに後で怒られますよ?京楽さん」
と言った。
だが、相手も然るもの。
「いいんだよ。七緒ちゃんは」
と言って、スッと流した。
その言葉に続きを言おうとしたが言葉を飲み込む。
その代わり、
「それにしても、珍しいですよね。お二人が・・・その・・・」
と、その言葉の続きを言おうとしたの言葉が止まる。
流石に『現世にくるなんて』とは言えないだろう。
「あぁ、ちょっとここで待たせてもらってたんだよ。」
と浮竹隊長が言う。
「え」
と顔を上げてそう聞くと
「だって君、ここで演奏してるって聞いたからさ。ちょっとそれを聞きたいなぁって思ったんだ」
とそれを補足したのは京楽隊長だ。
「演奏って・・・あまり上手くないんですけど・・・皆さんの足引っ張ってばかりで・・・」
そう言ってフワリと笑う。
「何言ってるんデスか。十分ですよ」
とカウンターの向こうからマスターの声。
「そう言っていただけると嬉しいです」
そう言ってまた笑う。
「早速どう?」
と言った京楽にしかし、は首を振った。
「いえいえ。俺がやってるのは、ベースと言って・・・一人じゃ何も出来ない楽器なんです」
と、申し訳なさそうに言う。
「そっか。そいつは、残念」
と、少しも残念がっていない口調で京楽が答えた。


 
カランッ・・・
と、次に入ってきたのは・・・
「あ、いらっしゃい」
と、マスターが応じる。
その人は、ギターを持って入ってきた金髪の、初めて見る人だった。
だから
「持ち込み?」
と、マスターが英語で聞く。
「マスター・・・俺ですよ。。OK?」
とその人は名乗った。
へぇ・・・さんって、金髪だったんだ・・・初めて知った・・・
と、そう思う。



「マスター・・・いつもの」
とカウンターに座り、そう言うと
「あ、自己紹介がまだですね。俺、この近くの青春学園という中学の教師をしております、といいます。」
と先に挨拶をしたのはさん。
「いやいやいや、お互い固ッ苦しいことは抜きにしましょう。俺は京楽春水。こっちは友人の浮竹十四郎
 早速なんですけどさん。リクエスト、いいかね?」
と京楽隊長が言う。
「あ。ちょっと待ってください。今、急いで準備しますから」
と言って、ケースからギターとシールドを取り出してセットする。
っと、そのままさんのソロなら・・・と思って安心していたのに・・・
「何ぼんやりしてうるの。ほら、君も・・・」
と京楽隊長が言った。
君とデュオはまだしたことないねぇ」
と、さんが暗に「やろうよ」・・・と言った。




曲名と進行だけを決めて、あとは流す。
そのやり取りを見ていて、京楽が
「やっぱり、慣れてるんだねぇ」
と感心したように言う。
「あぁ。道理で・・・な」
それに答えたのは浮竹。
全く・・・どうしてこう、なるんだか・・・と少し心の中では呆れながらも、指は止めない。
いや、止まらない。
それにしても、流石にすごい。
さん。
この人、すごい。
一緒に演奏していて分かる。
この人の凄さ。
僕なんか、追いつくのに必死なのになぁ・・・と思いながら指を動かしていると、一音、音を間違えた。
(あ!)
っと思った時には既に遅かった。
京楽と浮竹の二人は気付いてないが・・・
ホラ、やはりさんは気付いた。
少し驚いたような視線を僕に向けてきたから。
でも、肩を僅かに揺らして
『ドンマイ』
といってくれたように、僕には感じた。



 
演奏が終わってしばらくして
「上手いねぇ」
と、ウィスキーを飲みながら京楽が言う。
僕はというと、一応未成年・・・ということになっているので、珈琲をもらっている。
「ありがとうございます」
と、「ほい。ワタシからのおごり」との言葉と共に差し出された野菜スティックにそう答えた。
「いや、だから。君たちの演奏。上手かったよ。」
切れた流れを戻すように京楽が言う。
それに答えたのは、今度はさんだった。
「ありがとうございます」
と言って、出された野菜スティックに手を伸ばす。
「いつから、ここで演奏を?」
と聞いたのは浮竹。
「いつから・・・というか、知りあいの先生に連れてきてもらったんですよ。
 それで、今度は俺の方がよく来るようになっちゃって・・・」
そう言って少し笑う。
その時、扉が開いた。
「いらっしゃい」
と、マスターが声を上げた。
そこには、スーツを来た男の人が立っていた。
そして
「居たのか、
と、さんを見てそう言った。
「彼は?」
と聞いたのは京楽。
「あの人は、氷帝学園の音楽の榊先生。ちなみに俺をここに連れて来た人ですよ」
と答えた。
「なるほど」
納得した京楽と浮竹と、その二人を不思議そうな顔で見る榊さん。
 
 
「時間があるなら、一曲だけ付き合え」
と有無を言わせない口調で言って、榊さんはピアノの前に足を進めた。
「え?一曲だけですか?」
と質問するさんに、
「あぁ。この後すぐ行かなければならないところがあるからな」
と答えた。
アトガキ
続く?
2023/08/07 script変更
管理人 芥屋 芥