コンコン
と、そのドアが叩かれたのは、丁度昼過ぎだった。
この時間、同室者はCICにいるから……
目的は、俺か。
「よ。」
ドアを開けてそう言ったのは航海長だった。
確か今は……
「ま、今から忙しくなるかならなぁ。ちょっとその前に時間もらってきたって訳さ。」
そう言って入ってくると壁にもたれた。
「なぁ、。お前、本当に大丈夫なのか?」
といった。
「大丈夫……とは?」
失礼だとは思ったが顔を向けずにそう応えた。
こっちだって非番つぶして仕事しているのだ。
溜まった書類を片付けていかないと、今月分の振込み……
ま……いいや。
とりあえず、やってることは分かってるのだろう。
そのことについて尾栗三佐は何も言わなかった。
「どうやら担当の人が変わったようで、今は市丸じゃないんですよ。ま、話は通じますし、それほど悪いやつに見えないと俺は思ってます。それに、彼らは単に人を殺すとかそんなことばかりやっている訳ではなさそうですし。」
と、書類にペンを走らせながらそう言った。
「なるほど。確かにコイツは悪そうには見えねぇなぁ。お前、名前は?」
と、いきなりそう言った尾栗三佐の方を向くと、その前には……
「君?」
思わず彼の名前を言ってしまった。
「といいます。」
そう言って笑った。
「俺は尾栗康平。ここの航海長をやってる。早速だがお前にちょっと聞きたいことがあるんだ。二日前、艦橋にちょっとした異変があった。誰も声を発してないのにも関わらず艦長が誰かの声を聞いた。あれは……お前か?」
一瞬、君の顔が少しだけ変わったような気がしたが、それが何かは掴めなかった。
「そう……です。僕です。あの後、すぐにそこを出ましたけど。まさか聞かれるなんて思わなかったので少し焦りました。」
そう言って、
「もしかして、何か重大な問題でも?」
おずおずと聞いているその姿がなんとも不安げだ。
「いや、別にそんなことは問題にはなってないんだ。俺たちが腑に落ちないのはそのことじゃねぇからな。なぁ、なんでなんだ?」
と真剣な顔になって聞く。
「それは……」
そう言って一瞬だが俺を見た。
「三佐。そのことについては……」
「お前は黙ってろ」
言いかけた言葉を、その一言で止まらせる。
「答え方によっちゃ、俺は手加減しない。今はこうして姿が見えてるからな。ちゃんと説明してもらうぜ?」
と昔の声音を出して言う。
『全く……
なんでこう、事態があらぬ方向へ転がるのか。
実に楽しい……ですね。』
その声に反応したのが、斬魄刀だった。
『主上。手荒なことは、お控えください。』
と、たしなめるように言う。
『分かってるよ。今ここで事を荒立てたくはないからね。』
「それは、この人がその……死神の素質を持っているから……ですね。それしか答えようがないんです。」
と、静かに答えた。
「死神の素質ねぇ……なんかだかお前、訳のわからんものに目を付けられたなぁ」
と率直な感想を言ってくれる。
その声は、どこか呆れているような、感心しているような、そんな声の響きだった。
「で?どうするんだ?」
そう聞く三佐の声には、どこか事態を楽しんでいるような雰囲気が漂っていた。
「三佐、ひょっとして楽しんでませんか?」
怪訝に思ったが言った途端、尾栗三佐の顔が明るくなる。
「あ、やっぱ分かった?」
先程までとは打って変わって明るい声になって言った。
全く……なんだってこう、人を使って楽しみを見つけるのが上手いんだか。
と、内心は少々呆れ気味だ。
「実はな、今度もし死神が現れたらその時は納得のいく説明をしてもらおうって雅行が言い出してな。それでもし、納得がいかなかったらお前の家に突撃作戦も考えてたんだぜ?」
と悪びれる様子なく答える。
「ま、その突撃作戦を考えたのは尾栗だがな。市丸とかいうヤツの話はヤツ自身がちょっと胡散臭くて信じられなかったが、というより、お前もアイツのこと信じてなかっただろう?」
そう言って、後ろから顔を出したのは副長だった。
二人して物凄い観察力だ。
半分呆れながら、僅かには天を仰いだ。
「そういうことさ。……だったな。ま、そういうことだからよろしく頼むぜ。」
そう言って航海長は君に握手を求めた。
「はい」
と、さっきとは全然違う声で君が答える。
「凄い人たち……ですね。」
と、作業が終わって書類とにらめっこしている俺に向かって君が言う。
着岸はしている。
だが、この書類が終わるまで俺は……下艦できない。
その間、君はずっと俺の部屋にいた。
「この書類が終わるまでヒマだろう?色々見てきたらどうだい?」
そう言うが
「いいです。僕、ここに居ますから」
と言って離れない。
「さっきの人たち、僕のことを子ども扱いしなかった……ですね」
粗方終わったところで、君がそう言った。
「まぁ……な。別に子供扱いしなきゃいけない理由もないし、大体君の態度とか雰囲気で分かったんじゃないかなって思うけど?」
それに、と更に言葉を続ける。
「君、そんな姿してるけど、実際はすごく大人なんじゃないかなって言うのが俺の感想だから
ね。」
と初めて会ったときから僅かに感じていた違和感を率直に述べた。
その言葉に僅かに君の瞳が見開く。
どうやら図星だったようだ。
「明日には下宿先に行くから、話はそこでじっくり聞こう。ちょっと遅くなるかもしれないけれどね」
そう言って、詰めの作業を再開した。