ふざけんな。
一体全体何が目的だ?
大体あの野郎、なんだって俺を死神なんかにしたいって言った?
そもそも死神なんかになるってことは、俺……
そう思って補給科詰め所のドアを開けてカレンダーを確認する。
そのカレンダーを見たとき、の頭は一瞬で切り替わり、全く違うことを考えていた。
あ……そろそろか。
サボってないといいけどなぁ……
結局俺が最後徹夜作業するハメになるのだから。
ま……毎月のことだから慣れたけど。
そう思って、彼らのところに向かう。
「経理、そろそろ締め日だが……」
ドアを開け、が放ったその言葉に明らかに冷や汗を流した経理科員が、自然を装いつつも、だが不自然にワラワラと部屋から去っていく。
この様子じゃ相当溜め込んでるな。
全く……これで何度目だ?
(確か先月も前日徹夜だった気がするが、お前ら懲りてないのか?!)
と声を大にして言いたい。
言いたいが、ここはグッと我慢する。
それも仕事だ……
さてと。
それにしてもあの市丸って男がこのまま諦めるとは思えんな。
自分の人を見る目が確かならば、あのねっとりした空気は、ちょっとやそっとじゃ離れなさそうだ。
――全く、通常勤務でさえ一日つぶれるというのに、その上幽霊問題までいきなり目の前に現れたんじゃ、体持たないぞ俺……
と、首を掻きながら来た廊下を戻っていった。
「どうするよ。あのままにしてていいのか?」
と、非番でベッドにいる尾栗が当直から帰って来た菊池に問いかける。
「そうだな。確かに信じられないが……あいつが自分で何とかするって言ったんだ。なんとかするだろう」
「菊池、いいのかよ。あの市丸ってヤツは死神なんだぞ?」
「分かってるよ。だが、俺たちに市丸とかいう男の姿はもう見ることはできないんだ。見えないものをどうやって払いのけるつもりだ、尾栗」
そう正論を言われて、尾栗は黙る。
確かに死神、それはつまり、あの世の存在だ。
通常では触れることも、見ることもできない存在なのだから、菊池の言葉は当たり前といえば、当たり前とも言える。
「それに、あの市丸という男はを『死神』とやらに『する』と言ったんだ。それが何を意味するのか俺たちには分からないが、今ここで考えたところで結論なんか出るはずないだろうからな」
そう言って少し菊池が笑った気がした。
「お……おい、雅行まさか……」
こういうときは、対策を何かしら考えている。
全く……なんだかんだ言ってには甘い旧友に
「何考えてる。言えよ、乗るぜ?」
と言ってベッドから体を起こした。
「ほんま、ガードが固いお人やで。ま、向こうはまだ見つけてもおらへんみたいやし、やっぱボクはサンで決定やな。君?」
艦橋の上から伸びているマスト部分に、市丸ともう一人の銀髪の少年が悠然と立っている。
しかも船は進んでいるはずなのに、二人ともその髪も服も、風に乱れることなく静かにあった。
「あのぉ市丸隊長、なんで俺なんでしょう……」
と、銀髪の少年が恐る恐る、といった様子で市丸に問いかける。
「ん? そらぁ、こっちもイズル貸してるんやもん。交換条件ってやつやな。それに、勝ったのはボクやし」
あの後、一度尸魂界に戻った市丸は強引に自分の副隊長である吉良イズルを日番谷隊長、いや松本副隊長に貸し出し、半ば強制的にその場にいたこの銀髪の少年を連れてきた。
で、今に至る。
「でも、俺は平隊員で吉良さんは副隊長でしょう? 割が合わないんじゃないですか?」
そう少年が言うと
「何言うてるんな。割に合う合う。向こうの隊長さんがイライラしてるのが目に浮かぶわ」
と言って、ニヤリと笑う。
「はぁ」
と、銀髪の少年はそんな相槌をうつくらいで精一杯に見えた。
「さて、この舟が日本についたら行動開始やで」
と言って、
「ほな、着いたら知らせてな?」
と言って、市丸は再び尸魂界への門を開いた。
後に残されたのは、と呼ばれた、市丸と同じような服を着た銀髪の少年だけ。
一息つくと、マストの部分に座り込んだ。
「なぁ、森羅光玉……なんで僕こうなってるんだろうね……」
と、振り回されている自分にため息をつく。
そんな主に
『主上……』
と、困った口調で刀が答えた。
あの酒場に居合わせたのがわるかったのだろうか?
それとも……
もしかして市丸は知ってて僕を?
……まさかね。
そんな悪い予感を払拭し、気分を変えるかのように彼は
「ま、久しぶりの現世だし、この船の中を色々見て回るのも面白そうだ」
と明るめの声音でそう言って、そこからフワリと体を躍らせた。