About Death Way
Terrible Ghost
「で、あんたいつまでいる気だ?」
 周囲に誰も居ないことを確認して、は背後にいる『見えない男』に聞いてみた。
 あれから三日、市丸は時折の背後について回っている。
――背後霊かよ……
 と思うときもあるのだが、は努めて気にしないようにする以外、やりようがないと半ば諦めるしかない。
 ちなみに、背後に居ないときは外に出たりしているようだ。
 が、は干渉する気がないので、そこまで詳しく話しは聞かないことにしている。
 もっとも、自分を殺すかもしれない相手の話なんぞ聞きたくもない、というのがの本音だったが。
「ん? そらぁ、さんが『尸魂界に行く』っていうまでや」
 と、相変わらず不気味な笑顔の市丸から答えが返ってくる。
 当初は、艦内外のものが珍しいのかよく質問していたが、が勤務時間内にはその声を無視している。
 そのことを察してからは、空気を読んだのかその質問もこなくなった。
「それにしても、海の上言うんはわかってるけど、ホンマ潮臭いなぁ」
 という感想を市丸が述べる。
 それは当然だ。なぜならここは……
「DDH182 護衛艦みらいの中だからな。つまり海の上だ。潮臭いのは当たり前だろ?」
 と答えてしまった。
(しまった!)
 と思ってももう遅い。
 しかも市丸が疑問に思ったのか、
「なんや、その『ひとはちふた』って」
 と不思議そうに問いただしてくる。
 これは会話を続けざるを得なくなったな、と心の中で後悔したは諦めて答える。
――まぁ……『に』のことを『フタ』っていうのは中々ないだろうからなぁ
「いちはちに 182のことだ。言い方についてはあまり気にしないでくれ。癖みたいなもんだから」
 そう言って、もう話しかけるなという空気を出して点検を再開していく。
 ここは、備品庫だ。

 
 
 合同演習は昨日が最終日で、色々な催しが行われて、生憎は当直が重なってそれに行くことはできなかった。
「楽しんできてくださいね、航海長」
 艦を降りる彼にそう告げると、
「おう。お前の分まで、美味いもの食ってくるよ」
 と冗談を言われてしまった。
 とりあえず、下艦する幹部やクルーにそう言ってはその足で当直室に向かう。
「お前も行ってこいよ。艦の中ばっかりじゃ飽きるだろう?」
 というが、市丸は首を横に振った。
「ボクは迷うから、ここにおる」
 この年齢の男の言う台詞じゃないことをサラッと言って
「あっそ」
 との冷たい視線がそれに重なる。
「なんや、えらいノリ悪いなぁ」
 と何やら言ってるが、この際は無視を決め込む。
 さて、自分は自分でやることがあると、はさっさとそこから歩きだした。
 慌てて市丸がついてくる。

 
 
 
 
 
 
 それにしても、この市丸ギンという男は不思議だと、は観察する。
 とりあえずコイツが現れてからの三日間で分かったことは、この市丸ギンという男はどこかねっとりとした空気を持ちながらも、何事も一歩引いているという、そんな感触を受ける、というとこか。
 あと、さっきのような冗談につい乗ってしまうと彼のペースに引き込まれ抜け出せなくなる、ということ。
 さすが関西系の言葉を喋っているだけのことはあると、つくづくは思う。
 幽霊なくせにどこか人間味があるというか、人間臭いというか。
 自称でも他称でもいいが、死神なら死神らしくさっさと仕事をして帰ってくれと思う。
 ま、その「仕事」が己の命に関わることかもしれないから、は自分から切り出すことはないが。

 
 
 
 それにしても、一昨日は幽霊のくせに食べ物を食べるとは酷く驚いた。
「なんで食ってんだ! お前!」
 当直員以外いなくなり、ガランとした食堂で一人の声が響き渡る。
「ん?」
 と、何事もないようにそう振り返るが、すでにそこには飯はなかった。

 うわぁ、こいつ幽霊の癖に人の飯食っちゃったよ……

 心底は驚いた。
 これなら、当直代わらなきゃよかった……とは心の底から後悔した。
 艦を降りて、陸に上がって……美味い飯を食っておけばよかった……と。
 お陰で自分の分がなくなってしまい、その日の晩から昨日の朝に掛けて空腹で過ごしたのだから。

 
 
 
 
 おまけに今日、何故か艦長が自分に艦橋勤務を言い渡してきた。
 補給長という立場だが、稀にこういうことも……する。
 ま、艦長命令だから仕方ないかと、は久しぶりに艦橋に立った。

「疲れた……」
 交代の時にそう言って、自室へと戻る。
 後ろから科員が
「ゆっくり休んでくださいね」
 と声を掛けてきたから
「あぁ、そうするよ」
 と手を振って廊下を歩いた。
 それにしても、自分の後ろにいないとき、市丸という男はどこに行ってるのか、努めて気にしないようにはしているが、気にならないと言えば嘘になる。
 かと思えば、自室の自分のベッドに勝手に寝っ転がっていることもある。
 例えばこんな風に。

「へぇ、この空飛ぶ機械って、『戦闘機』言うんやね」
 そう言って雑誌を広げている。
「まぁな」
 そう言って、は上着を脱ぐ。
 いくらハワイで夏服を着ていたからといって日本に帰ればまだ衣替えは済んでいない。
 だから冬用なのだが、これまたこの季節には暑い。
 時折市丸が着ている黒い着物が少し羨ましく思うことも多々あった。
「お前、いつまでいるつもりだ。」
 ベッドに横になりながら雑誌をめくっている市丸に、は同室者がいないのを確認して質問をぶつけてみた。
 居たら間違いなく、変な目で見られること必至だ。
 この三日で、本当に彼が自分以外に見えていないのだということを思い知らされたのだから。
 そして、今度は冗談な声音ではなく、真剣に聞く。
 それが分かったのか、市丸が背筋を正す。
「言うたやろ? あんたが尸魂界に来てくれるまで居るつもりやで?」
 と、初めて真剣な表情で言った。
 そんな無茶を言われたって困る。
 大体……
「四日後に下艦するのに、お前そのままここにいるつもりか?」
 と、壁にもたれて聞いた。
 その言葉に市丸が僅かに目を開けたような気がした。
「そんなん、サンが降りるなら、ボクも降りるよ?」
 と、なんでも無いように言った。
――要するに付いてくるってことか……
 と内心は呆れてしまう。
 それにしても、一昨日の下艦してくれば? と言ったときに答えた「迷う」発言は嘘だったという訳だ。
 何故なら、こいつは『俺』に憑いてる訳ではないから。
 だったら、勤務中ずっとは市丸を見ているハメになるのだが、しかしそうなった試しはないから。




 全く……なんだってこんなヤツに付きまとわれなくてはならないのかと、は考える。
 が、取りとめも無いような考えしか浮かばないので、考えをすぐに放棄した。
「今日は四直だから、朝も早い。俺は寝るからそこを退いてくれ」
 と、疲れた体で深夜の当直に備える。
「ハイハイ」
 と言いながら市丸がそこから体を起こし
「お休み。サン」
 と言った市丸が、壁から消えた。
 それだけを見るなら、幽霊っぽいんだけどなぁと、消えた壁を見ながらは思う。
 しかし、人の飯は食うわ、幽霊の癖に嘘とは言え「迷う」と言うわ……
 とんでもない幽霊だ……
 そんなことを考えていたら、いつの間にかは眠ってしまっていた。

アトガキ
出合って三日目のお話。
十五日間という区切りをなくしてみました。
そして、日本に向けて出港済み・位置的にはまだ日本海域じゃないです。えぇ。中間地点でしょうかね。
2017/07/18 書式修正
2017/08/05 DreamScript交換
2017/08/06 加筆・改訂
管理人 芥屋 芥