「あんた、一体?」
かなりの異常事態には戸惑う。
日本語を喋っているということはコイツは日本人なのだろうが、艦内にはこんな格好をするヤツはいないはずだし、大体こんな銀髪に狐目野郎なんて絶対に目立つ。
それにここはハワイ沖。
米軍との合同演習に参加している「みらい」の中。
外部からの侵入を考えたがは即座にそれを却下した。
ここには軍事電波が飛び交っていて、空・水平線・海中と常に監視されている状態なの中で、外部から進入しようものならそれこそ大騒ぎになる。
第一米軍がそれを許すはずもない。
だったらコイツは最初からここにいたことになるが……
そこまで考えて、はバカバカしくなってしまった。
とりあえず今は上から退いてもうらしかない。
「お前、ちょっとそこを退け」
一尉としての声でそう言うと、銀髪狐目の男が渋々と言った感じで
「しゃーないなぁ」
と言いながらの体の上から退いてくれた。
とりあえず上の人間が起きてないことを確認すると、は時計を見て時間を確認した。
まだ四直への交代時間よりも時間がある。
薄暗い部屋の中、仕方なくは静かに起き上がり
「ちょっと、お前こっちに来い」
と、ベッドから立ち上がって男を部屋から連れ出そうとしたのに
「あー構わへんよ。ボクの姿、あんたにしか見えんから」
と笑顔で答えられてしまった。
「は?」
この時のの表情は、きっと随分間の抜けた顔をしていただろうと思う。
「せやからな? ボクの姿と声はあんたにしか見えんし聞こえんのやって」
そういう男の声が笑いを必死に抑えていたから、何となく馬鹿にされたようだということがよく分かる。
「ど……どういう……」
そこでの言葉が止まる。
ということは何か?
端から見たら、俺は今独り言をコイツのいるはずの空中に向けて話してるってことになるのか?!
と、そう思ったらなんだか自分が間抜けに見えてきて、なんだかアホらしくなってくる。
はそこでため息をつくと
「あっそう。なんかバカバカしくなってきたから、俺寝るわ。あんたがもし言葉のいう通り俺にしか見えないんだったら、別に艦にいてもいなくても同じだからな」
――そうだ。自分さえ無視すればこの男は「存在」しないのだ
そう思って再び布団の中にもぐりこもうとしたが
「あかんて。自分が相手せぇへんかったらボク一人やん?」
と拗ねた様子で言ってきた。
この場合、この男の言う『自分』とは相手、つまりのことを指していると、艦の関西出身の人間の言葉で慣れているは
「知るか」
と冷たくあしらう。
「ヒドッ! なんやの自分。折角ボクが連れて行こうってしてんのに」
男の言葉に、寝ようとしていた体が動きを止め、そのまま振り返る。
ちょ……ちょい待て。
「つ……れていく?」
どこに?!
「そ。折角ボクがふれんどりーに連れて行こうってしてんのに、そりゃないんんちゃう?」
と、なんだかとんでもないことを言ってきた。
「ちょ……っと待てあんた、一体?」
「あ、自己紹介が遅れました。ボク、死神やねん」
まるで、合コンの自己紹介ばりに気安く告げられた言葉に
(あー、最初の印象は間違ってなかったんだなぁ)
とは半ば現実逃避気味に、のん気にそんなことを考えた。
だが
(ってオイ!)
と、すぐさま自分のボケに自分で突っ込みを心の中で入れる。
なんだかいつの間にかコイツのペースに嵌っている自分がいて、なんだか悔しくもあり、どこか虚しい。
「連れてくって、一体どこに」
とりあえず、聞きたくはないが聞いてみた。
というより顔に『聞いて聞いて』と書いてある。
「尸魂界っていうところなんや。要は『あの世』やね」
あ、やっぱりあの世ねぇ……あの世?!
予想通りの返答には嘆く。
――あー……誰か俺を助けてくれ……なんでいきなり俺が死なねばならんのですか。一年に一回は定期検診などを半強制的に受けさせられていて、その度に健康だといわれているこの俺が……
この合同演習に参加する際にも検診を受けているのに……
「あー別に殺すとかそんなんちゃうんやで? ある人とちょっとした競争やっててな。そんであんたを見つけたってことなんや」
死神と名乗った銀髪狐目の男がそう言うが、今のの耳には届いてない。
「聞いてんの?」
そう言ってズイっと目の前に来た男が言うから、は
「その競争で、俺を殺してくんだろ? 死神っていえば命狩ってくもんだよ……どうせ気まぐれで人殺すんだ……」
力のない声でそう呟くしかない。
むしろそれしか出来ないに、男がその肩に手を置いて
「何沈んでんの。競争言うんは、死神候補を見つけてくるっていうもんなんや。で、このあたりウロウロしてたらあんたを見つけたって訳なんや」
「ふーん……」
話半分では彼の話を聞いている。
正直、ほとんど信じていない。
というよりも、衝撃が一回りして無感動だ。
連れて行く、それはイコール自分が死ぬかもしれない、という恐ろしい話は一先ず置いて、は自分を殺すかもしれない男の名前くらいは知っておきたいと思い
一つ盛大なため息を吐いて
「とりあえず、あんたの名前を教えてくれ。俺は。ここで一等海尉をやっている」
と力の抜けた声で自己紹介すると男は、笑顔に更に笑顔を上乗せして
「ボクは市丸ギン。よろしゅう、君?」
と言った。