審議所ね。
 来るの何度目だろか。
 なんだか、最近ずっと足を運んでる気がする。
 今日の本題は多分、今後の課題の洗い出しだ。
 俺が呼ばれたのもきっとそうだ。
 ちなみに団長命令で例の子、エレンを迎えに行ったのはハンジさんとミケさんだった。
 まぁあの二人なら大丈夫だと思う。
 けど、ミケさんの例のあの癖、出てなきゃいいけどって思っちゃうんだよなぁ。
 初対面でアレをやられたとき、マジで『気持ち悪っ!』って思ったもんなぁ。
 しかしあれで分隊長やってるんだから、ホント変わってるよ。あの人。
 つうか、変な人ほど上に居る気がするのは、多分……気のせいじゃないと思う。
 調査兵団が通称、変人兵団って言われてるの分かる気がする。
 俺も『そういう目』で見られてるのかなぁ。
 あーあ。やだなぁ。
Attack on Titan
06.多弁の中の砂金を拾う行為にて
 最初の「彼」の印象は、遠目からでも分かるくらい、普通の印象だった。
 どこにでもいるような15歳の少年のように見えた。
 むしろ、兵長が気に入った? というか、悪くないと思った理由が申し訳ないが見当たらない。
 まぁ何処に本質があるか分からないから、初対面で人を断定はしないけれども。
 そんなエレンが中央に歩かされて、棒で手足を回されて拘束されると、サッと視線を周囲にやったのが分かった。
 聴取された二人で視線を止めて、何を思っているかはには分からないが、とりあえず暴れる心配はなさそうだと思った。
「さぁ、始めようか」
 そう言って審議席の一番高いところに座ったのは、髪をオールバックにし、顎にも鼻の下にも髭があって丸メガネをかけた60過ぎくらいの老齢なる男、ダリス・ザックレー総統だった。
 三兵団のトップで、そう簡単に会える存在ではない。
 そんな雲の上の存在のような者が出てくるこの会議がいかに特別で特殊かくらい、心の中は『のほほん』としつつも顔は真剣さを宿している、そんな面従腹背で参加しているにも分かる。
(まぁ、当然だけど……さ)




「エレン・イェーガー君だね? 君は、公のために命をささげると誓った兵士である。……違わないかい?」
 椅子に座って肩肘を付き、メガネに手をかけながら報告書に目をやって語りかけるのはダリス・ザックレー総統だ。
 それに緊張した面持ちで
「はい……」
 と答えたエレンに、肘をテーブルに立て書類を見ながらさらに語りかける。
「異例の事態だ。通常の法が適応されない兵法会議とする。決定権はすべて私に委ねられている」
 しかし、そこから視線をあげ
「君の生死も、今一度改めさせていただく。異論はあるかね?」
 といったときの鋭い眼光に、
(おぉ、怖ぇぇ)
 と暢気に思う。その間にも、
「ありません!」
 とエレンが答えている。
 それに満足したように
「察しが良くて助かるな。この事態は異例を極め、相反する感情論がこの壁の中にひしめいている。ある者は君のことを破滅に導く悪魔と呼び、ある者は希望へと導く救世主と呼ぶ」
 と告げる。
(俺にはただの少年にしか思えないんだけど、さて何が出るやら)
 さらに総統の言葉は続く。
「やはり民衆に君の存在を隠すことは不可能だった。君の存在をいずれかの形で公表せねば巨人とは別の脅威が発生しかねない。今回決めるのは君の動向をどちらの兵団に委ねるかだ。その兵団次第で君の処遇も決定する」
 それを立候補しているのは、つまり……
「憲兵団か、調査兵団か……では憲兵団より案を聞かせてくれ」
(ですよねぇ。駐屯兵団が立候補するわけないもんなぁ)
 今回奪還作戦の指揮を執った駐屯兵団は、実は憲兵団の下部組織という意味合いが強い。
 つまり、上が出てきたから今回獲得に出張る必要がないわけだ。
 それにしても
「憲兵団師団長、ナイル・ドークより提案させていただきます。我々は、エレンの人体を徹底的に調べ上げた後、速やかに処分すべきと考えております」
 保守的な考えから、そういう結論に達さざるを得ない、というべきか。
 髭を整えた、多少馬面の30代後半の男はそう宣言した。
(予想通りでつまんないなぁ、ドーク師団長は)
「彼の存在を肯定することの実害の大きさを考慮した結果、この結論に至りました。中央で実権を握る有力者達は彼を脅威と認識しています。王族を含める有力者達は五年前や今回の事態を受けてもなお……壁外への不干渉を貫いています」
 ここで一度言葉を区切ると、彼は言葉を続ける。
「しかし、今回の襲撃を受けエレンを英雄視する民衆、主にウォール・ローゼ内の民や商会関係者の反発が高まり、その結果、我々に残されたこの領土を巡る内乱が生じかねない状況です。彼の巨人の力が今回の襲撃を退けた功績は事実です。しかし……」
 さらにドークの言葉は続く。
「その存在が実害を招いたのも事実。彼は高度に政治的な存在になりすぎました」
 その言葉には疑問を持った。
(ん?)
 引っかかるものを感じるのだ。
(民衆と、有力者。確かに反する意思を持っているのだから、反発するのは道理だ。けど……そこまで有力者連中が脅威視する理由は何だ? それに壁外への不干渉も、たしかにずっと謎なんだよなぁ。鎧と超大型は『外』から来たかもしれないのに……)
 そう考えると、何故かは知らないけれどの思考はスッと落ち着くから不思議だ。
 何故か抜けているパズルが、そう考えることでピタッと完成していく感覚、とでも言おうか。
(師団長は、自分の言葉の重要さに恐らく気づいてない。もし俺の予想通りなら、なんだけど。考えたくない可能性だけれども、王族連中のやっていることって……もしかするともしかするのか? 俺、調査兵団に入って良かったんじゃねぇか?)
――かも、かも、だらけの可能性だが、心に留めておく必要はある、よね、やっぱり
「なので、せめて出来る限りの情報を残してもらった後に、我々人類の英霊となっていただきます」
 ドーク師団長の言葉が終わったと思ったのだろう。
「そんな必要はない」
 と、彼の横に立っていた壁を信奉する宗教家が発言する。
「やつは神の英知である壁を欺き進入した害虫だ。今すぐに殺すべきだ」
「ニック司祭殿、静粛に願います。次は調査兵団の案を伺おう」
 ザックレー総統が、この場において公平な人物で良かったとは心底思う。
 案すら言わせてもらえなかったら、本気でどうしようかと思っていたのだ。



「はい、調査兵団13代団長、エルヴィン・スミスより提案させていただきます」
 調査兵団、こちらは当然引き取りたいわけで。
「我々調査兵団はエレンを正式な団員として受け入れ、巨人の力を利用しウォール・マリアを奪還します。以上です」
 あまりに簡単かつ明瞭だったためか、ザックレー総統が
「ん? もういいのか?」
 と聞いてくる。
 それに是と答え、エルヴィン団長が告げる。
「彼の力を借りればウォール・マリアは奪還できます。何を優先すべきかは明確だと思われます」
 あまりにも明瞭かつはっきりとした目的が、対岸にいる彼らを黙らせるのだろうか、ザックレー総統の
「……そうか」
 という言葉以外響かない。
「ちなみに今後の壁外調査はどこから出発するつもりだ? ピクシス。トロスト区の壁は完全に封鎖してしまったのだろ?」
 ここで総統がドット・ピクシス司令に話を振った。
 当然あの作戦を指揮した司令もこの兵法会議に参加している。ただ、今まで黙っていただけだ。
「あぁ。もう二度と開閉できんじゃろう」
 その言葉を受けて団長が発言する。
「東のカラネス区からの出発を希望します。シガンシナ区までのルートは、また……一から模索しなければなりません」
 ここで、一人の男が叫んだ。
「ちょっと待ってくれ! 今度こそすべての壁は封鎖すべきではないのか? 超大型巨人が破壊できるのは壁のうち扉の部分だけだ。そこさえ頑丈にすればこれ以上攻められることはないと言うのに! そこまでして土地がほしいのか!? 商会の犬共め!!」
 叫ぶ男を前にして、は冷静に思う。
(うーん、相手が待ってくれる保証なんてないんだけどな。後、土地がなきゃ食える人も食えなくなるから、要るっちゃ要るよねぇ。コイツの視界に入ってるかは知らないけど)
 と。
「お前らは、できもしない理想ばかり言って我々を破滅に陥れるだけだ!! これ以上お前らの英雄ごっこには付き合ってられない!」
 そこで、今まで黙っていたリヴァイ兵長が噛み付いた。
「よく喋るな豚野郎。扉を埋め固めてる間に巨人が待ってくれる保証がどこにある? てめぇらの言う我々ってのは、てめぇらが肥えるために守ってる友達の話だろう? 土地が足りずに食うのに困ってる人間は、てめぇら豚共の視界に入らねぇと?」
(もっとまろやかな言い方はないんですか!? 兵長らしいと言えばらしいですけど!)
 恐らくリヴァイは怒っているわけではないだろうが、その気迫に気おされた男が言いよどむ。
「わ……我々は扉さえ封鎖されれば助かると話しただけだ……!」
 しかしそれに更に異を唱える声が、男の隣から上がる。
「よさぬか! この不届き者め!! 神より授かりしローゼの壁に、人間風情が手を加えると言うのか!!」
(この宗教っての邪魔だなぁ)
 と、は思った。


――アレ、潰したいなぁ


「貴様らはあの壁を……人知の及ばぬ神の偉業を見てもまだわからないのか!」
(分かるかバァカ。大体あの壁どうなってるわけ? それとも何? 何がどうなってるか『知ってる』の?)
 まだ喚く司祭を置いて、ザックレー総統が話を進めた。
「次に、エレン。君に質問がある」
「ハイ」
「調査兵団への入団を希望しているようだが、君はこれまで通り兵士として人類に貢献し「巨人の力」を行使できるのか?」
(はーい、ここ超重要)
 すでには、彼が巨人の力を制御できなかったことを報告書で知っている。
 聴取のときに、ミカサ・アッカーマンが証言しなかった『事実』だ。
 書いたのは、あの奪還作戦の数少ない生還者、駐屯兵団のリコ・プレツェンスカ班長だった。
「は……はい。出来ます!」
「ほう……!」
 だがザックレー総統の反応は意外だったようで、エレンが少し不思議そうな顔をする。
「今回の奪還作戦の報告書にはこう書いてある」
 その書類を上に持ってきて総統が告げる。
「巨人化の直後、ミカサ・アッカーマンめがけて三度、拳を振り抜いたと……」
 そのときのエレンの反応から、
(なるほど。やっぱり覚えてないんだな)
 と思った。
 いや、覚えてないことはなんとなくは予想が付いていた。
 覚えていれば、答えに少しは悩むはずだ、と。
(やっぱ巨人化時の制御・意識の保持はこれからの課題確定かぁ。エレンがやること、俺たちが分からなきゃならないことが多すぎるな。……さて、これどーするんです? 団長)
 言葉に出して言うことが出来ない分、の心の中はいつにも増して饒舌だ。
(まぁその一切の取り仕切りはハンジさんがやるんだろうけどね! 俺まぁた団長に振り回されるのかなぁ。あーヤダヤダ)
「ミカサ・アッカーマンは?」
「はい、私です」
「君がミカサか、エレンが襲い掛かったのは事実か?」
 が視線をミカサに向けると、思いつめた彼女の顔が視界に入った。
 聴取のときに言わなかったくらいだ。
 恐らく、彼を庇いたいのだろうことがハッキリと分かる。
 だが
「はい、事実です……」
(良く言った!!)
 は一人、心の中でグッと拳を握る。
「しかし……それ以前に私は二度、巨人化したエレンに命を救われました。一度目はまさに私が巨人の手に落ちる寸前に、巨人に立ちはだかり私を守ってくれました。二度目は私とアルミンを榴弾から守ってくれました」
(うん、知ってる)
 それは彼女の報告書にも書かれてあった『事実』だ。
(とは言え、それは……)
 その答えを、ナイル・ドーク師団長が答える。
「キミの願望的見解が多く見受けられたため、客観的な資料価値に欠けると判断した」
(デスヨネー)
 更にナイルは続ける。
「それに君がエレンに肩入れする理由も分かっている。エレンの素性を調べるうちに、六年前の事件の記録が見つかった」
(オイオイそんなことまで調べてるの?!)
 思わず発言しそうになって、は寸でで思い留まる。
 ここで口を挟んで、調査兵団が彼を預かれない、なんてことになったらそれこそリヴァイに殺されるかもしれないからだ。
 しかも、内容はにとってはあまり驚くことではなかった。
「驚くべきことに、この二人は当時九歳にして強盗である三人の大人を刺殺している。その動機内容は正当防衛として一部理解できる部分もありますが、根本的な人間性に疑問を感じます。彼に人類の命運・人材・資金を託すべきなのかと」
(うーん、その情報、今必要かなぁ。まぁ必要って言われれば、必要なんだろうけど……。つうか、それを言うなら俺だって彼らと似たようなもんなんだけど……俺の人間性はどうなんだ? っていう話にもなるわけで)
 それ以上に、ここでその情報を出すことに意図的な何かをは感じる。
(なんていうか、ナイル・ドーク師団長、あんたそれワザとやってるよね。人間性に疑念を抱かせ、殺す方向に持っていく。やることが小手先すぎて小物くせぇんだよ。クソが)
 さっきのリヴァイに対する『まろやかな言い方』の苦言はなんだったのか、が心の中で悪態を付く。
 しかし、聴衆にはテキメンに効果があったようで、不穏なざわつきが広がっていた。
「そうだ、こいつは子供の姿でこっちに紛れ込んだ巨人に違いない」
「しかし狂暴な本性までは隠すことが出来なかったんだ」
「……なぁ……悠長に議論してる場合なのか?」
(それについては大いに同意するよ。俺は)
「今、目の前にいるコイツはいつ爆発するかわからない火薬庫のようなものだぞ。あんな拘束具なんか無意味だ」
(気づくの遅ッ!! つうか今頃それ言う!?)
「あいつもだ! 人間かどうか疑わしいぞ」
(……もう突っ込む気にもならん)
 疑心暗鬼に駆られた人間の視野が、いかに狭くなっていくかまざまざと見せ付けられてはゲンナリする。
 しかもそれに呼応する声が、聴衆から上がるから更に性質が悪い。
「そうだ!」
「念のため解剖でもした方が……」
 そんな中、少年の声が響く。
「違う!! イ……イヤ……違います」
 彼はざわつく聴衆を見定めて告げた。
「俺は化け物かもしれまんせんが、ミカサは関係ありません。無関係です。それに……そうやって自分に都合の良い憶測ばかりで話を進めたって……現実と乖離するだけでろくなことにならない」
(意外にも正論言うね、君。うん、留めておくよ、その言葉)
 しかしその言葉を続けることは自分に不利を招く。
 それを分かっていてあえて言うのだろうか、とは半ば傍観者としてエレンを見ている。
「大体……あなた方は……巨人を見たこともないくせに何がそんなに怖いんですか? 力を持ってる人が戦わなくてどうするんですか。生きる為に戦うのが怖いって言うのなら力を貸してくださいよ」
 しかしこの狭い壁の中、そう簡単にはいかないそれぞれの考えがある。
 まだ単純な彼の世界だからこそ言える言葉だと、は思う。
 それを若いと苦笑いして受け流すのか、受け止めるのか。
 それもまた人それぞれなのだが、出来ることならは話を聞いておきたいと思う。
 彼の感性は、あの年でしか持てないものなのだから。
「この……腰抜け共め……」
(それは言えてる)
 表情こそ表に出さないものの、心の中で苦笑いする。
 そんなの耳に、叫びが響いた。
「いいから黙って!! 全部俺に投資しろ!!!!」
アトガキ
あの世界。砂金、取れるのかなぁ
2017/08/26 up
管理人 芥屋 芥