「兵長だ」
「何でリヴァイ兵長がここに」
「滅多にこんなところに来ないのに……」
 という声が聞こえるが知るか。
 ガチャ、と苛立ちそのままにその扉を開けると見えたそのベッド。
 正確にはそのベッドで惰眠を貪っているソイツに用がある。
「オイ、起きろ。このクズ」
「……」
「起きろ!」
 体の中で何かが爆発する。
 しかしそれは、こいつが完全にソレを往なせること、それを体のどこかが理解しているからこその『本気』だ。
 だから
「待って待って! ベッド壊さないで! 起きます! 起きますよ!!」
 目を覚まし、叫びながらも視線は足から外さないに対し冷静に
「起きてるならさっさと来い」
 と言うこともできる。
 完全に目が覚めたらしいヤツは小さな声で
「……ハイ」
 と答えていた。
Attack on Titan
05.手綱を手放す時
「兵長」
 呼びかけてみると
「なんだ、クズ」
 と非常に冷たい返事が返ってくることに、相当怒らせたのだとは理解した。
(名前も言ってくれなくなった)
「何かありました?」
 審議所に行く前と帰ってきてからの雰囲気がどこか違うことを察して聞く。
「アイツの、調査兵団入団を認めてきた」
「……ハ?」
 我ながら間抜けな声が出た。
 と、頭のどこかでは冷静に思った。
 しかもそれ以上何も説明する気がないのか、リヴァイが何も言ってこない。
「……」
「ちょっと待って。今なんて?」
 恐る恐る再び問いかける。
「何度も言わすな。あのグズ野郎の入団を認めたって言ったんだ」
(……グズ野郎って)
 一体審議所で何があったのか。
 おそらく、本人を見て何かが変わったのだろう。
「……気に入りました?」
「誰がだ」
「世話するんですか?」
「監視だ」
 それはイコール、世話というもので。
 は心の中で思いっきり
(嘘だぁぁぁ!!)
 と叫んだ、があまりにも衝撃だったために声に出ていたようだ。
「イヤだ」
「あぁ"?」
 こうなったらどうとでもなれ! とばかりにはまくし立てた。
「イヤだぁぁぁ。彼が目覚めたってことはまた審議開かれるんでしょう!? 最大の説得力はあなた自身で問題ないんでしょうが、それだけじゃダメって分かってますよね!」
 そうだ。
 最大の説得力は人類最強の異名を持つこの男なのだが、話はそんな単純ではない。
 巨人になっても迷惑にならない場所と、巨人になっても彼が壊せないほどの頑丈な建物、何より拘束できるだけの広い地下室がある物件。
 そんな条件に合う建物なんて、そうそうあるわけがない。
「上を納得させる書類と資料、更には彼を拘束出来るだけの場所と条件に合う建物の確保! それ探すだけでも一日潰れ……!」
(あぁぁぁ、最悪だ!!!)
 と嘆いていると、リヴァイが
「場所は問題ない。エルヴィンが旧調査兵団本部を見つけてきた」
 と言った。
「って、また都合のいい物件があったものですね」
 少々都合が良すぎる感がしたが、あったものは仕方がない。
 しかもそれ以上物件の話をするつもりがないのか、リヴァイは
「アイツの審議は明日だ」
 と宣言した。
 それはつまり、これから使用許可だの該当物件の場所の確認だのといった、書類との格闘が始まることを意味していた。
「……わかりましたよ。手伝えばいいんでしょ」
(少なくとも午前中は潰れたな、コレ)
、お前も来い」
 主語を言わない分、卑怯だとは思う。
「また俺も行けと」
「当然だ」
 そう言ってリヴァイは自室の扉を開けた。





「彼のこと、何で悪くないって思ったんです?」
 旧調査兵団本部の場所を確認しながら、は書類と睨めっこしているリヴァイに尋ねた。
 答えが返ってこないかもしれない、むしろ怒られるかな? と思ったの予想は大いに外れ、
「アイツの目だ」
 といった、リヴァイにしてはかなり抽象的な表現の答えが返ってくる。
「それって勘ですか?」
 と聞き返すと
「あぁ」
 と答えたきり、黙ってしまった。
 しばらくの間、ペンをインクに浸け、紙に走らせる音だけが響く。
 こういう時間は嫌いじゃないの作業が、やがて終わる。
「はい」
 と言って出来上がった書類を渡しながら
「これなら別に俺じゃなくても」
 いいのでは? という言葉は遮られ
「お前は誰の部下だ」
 と、いつもの三白眼が睨んできた。
「兵長ですよ」
 と答えると、
「分かってるなら良い」
 と言うが、正直ほかの兵士にそれを確認してるのを聞いたことがないは思い切って
「兵長って、俺にはそれ確認しますよね」
 と聞いた。
「確認しないと、お前はすぐどっか行くだろう」
 それってつまり、出向のことを言ってるのかと思ったが 
「毎回戻って来てるでしょう?」
 と答える。
 正直、班の連携がうまく取れずに死に掛けることもあるのだが、幸いなことに出向先で死んだ、ということにはなっていない。
 とりあえずは、生きてここにいるのが何よりの証拠だ。
「だからこそエルヴィンに貸し出せる」
(俺はブーメランか?)
 と心の中で突っ込むが言葉は違うものを出していた。
「最近はハンジさんにも、か」
「あのクソメガネには貸してない」
 どこかに向かわせながら、どこかに行く言って怒る。
 矛盾してるなぁと、は思った。






 正直、平時のリヴァイの感情は本当にわかりにくい。
(何を言わせたいんだろ?)
 元の座っていた椅子に戻ったは、手探り状態で話始める。
「兵長、あのね。俺ホントは兵長の班になるのイヤだったんです」
「?」
「怒らないで聞いて下さいね?」
 と前置きしてが話す。
「何て言うか、兵長達が初めて挨拶した時、イザベルさんやファーランさんはそうでもなかったけど、兵長一番怖かったから、あぁこの人の部下にはなりたくないなぁって思ってました」
 ペンが紙を走る音に混じって、の話す声が部屋に響く。
 入ったときには、確かに生きていた二人の名前がやけに遠く感じられる。
 リヴァイと共に入団した二人のことを知っている者も、今では本当に数が少なくなった。
「班に入ってからは兵長だけじゃなく団長からもこき使われるし、出向先には期待されるし、助けた兵士には懐かれるし」
 ふざけてる様子から、よく人懐っこいと評されるは意外と冷たい。
 それは、自分が抱えられる命の優先順位と数を把握しているからだ。
 それに目的のためなら、命を投げ出させることがある。
 出来るだけ本人はやりたくないらしいが、どうしても、と言う時には冷徹な判断をも下す。
 その本質を知っているリヴァイは口を挟まない。
「ホント、俺順番間違えたなぁって」
「順番?」
 の話も、時折要領を得ないときがあり、リヴァイもたまに聞き返すことがある。
 それは興味を持っている証拠だと知ってるは、話を続ける。
「兵長や団長の目にとまる順番ですよ。折角可もなく不可もなくで卒業したのに!」
 と力説するだが、その言葉から実力は当時から相当高かったようだ、とリヴァイは判断した。
 それに、壁外という常に死が付きまとう状況において、その実力は隠し通せるものではない。
「エルヴィンは早々に気づいてたみたいだがな」
 その時の裏事情を、リヴァイが初めて明かす。
「まさか、あの時班に組み入れられたのって……?」
「そう言う事だ」
 とリヴァイが言うと、は本気で嫌そうに
「うわ最悪」
 と言った。



『リヴァイ、面白いことを考える兵士がいる。一度会って見ると良い』
『面白い?』
『今回の壁外調査で、 死者を出さなかった数少ない班の兵士だ。ただ、独断が過ぎたためこっぴどく怒られていたようだが』
『ソイツの名は?』

 まだウォール・マリアが健在だった頃、何度か本当の壁外調査に出かけたことがある。
 その何回目かの時に声をかけ、初めて共闘した。
 あれから、ずっとこいつを手放せずにいる。
「初めて兵長と一緒に巨人討伐したとき、何ていうか……その」
 珍しくが言いよどむ。
 それを言葉にするには抵抗があるのだろう。
 しかしあの時確かに
「「楽しかった」か」
 二人の言葉が重なるのは、歓喜以外の表現が出来ないからだ。
 エルヴィンや、他の兵士に向けるのとは違う意味での信頼を、体が先に理解した。
 指示など必要ではなく、言葉もいらないそれに、何よりも歓喜を感じた。
 まるで何かの片割れを見つけたような、そんな感覚だ。
 それでも尚、
「そうです。だからこそ俺はあなたの班に入りたくなかったんです」
 などと宣えるのは、こいつだからこそなのだろうな、とリヴァイは思った。







「ホント、最初に話しかけられた時『うぁ』って思って凄くイヤだったなぁ」
 と感想を述べると、
「今はどうなんだ」
 口調も雰囲気も何も変わらないけれど、気にしているのが分かっては心の中で苦笑いする。
 こういうのが理解できるようになったのも、付き合いが長いからか。
「今はそうでもないですよ。副長ってだけは本気で嫌ですが」
 どこに行っても、最終的にはこの人の隣に戻って来ている。
 無理矢理戻らされている、とも言えるがリヴァイ以外の人間が同じことをすれば、逃げ切れる自信がにはある。
――団長もちょっと無理だけど。
 逃げ切れない相手だから、こうして腐れ縁が続いてるとも言え、なぜ逃げ切れないのかは自身、認めたくないが理解している。
 お陰様で、今はなりたくもない副長と言う立場にいる。
(クッソイヤだ)
「何ていうか、兵長って意外と面倒見良いですし、激情家なのも分かってますから」
 それはいつだったかの壁外調査で、班員がリヴァイを残して全滅したときに目の当たりにしたことだ。
 その頃はまだここまで感情を覆い隠すこともなかったから、その時に初めてはリヴァイが泣いてるのを見た。
 そのときに腕を捉まれ、不可抗力とは言え体を重ねてからはずっと、就かず離れずで隣に立っている。
(あの時はホント死ぬかと思ったけどな)
「今回のは、彼の希望と意志を見極めた上での判断ですよね」
 確認するようにが尋ねる。
 エレンを見ていないにとって、今はリヴァイの判断に委ねるしかない。
 しかし、リヴァイからの答えはなかった。
 答えるまでもないのだろう。
「……」
 だから更に聞く。
「憲兵団から、取り返せますか?」
 恐らく、ではない。奴らは確実に処分を提案してくる。それを見越しての言葉だったが
「お前は誰にモノを言ってる?」
 と一笑に伏されてしまう。
「すみません、言葉を間違えました。俺はあなたの勘を信じてますから、あなたが彼に刃を向けない以上は、俺も向けないことにします。それでいいですね?」
 それにリヴァイからの返答はなかったかったが、雰囲気で分かる。
 昔話も交えて遠回りしたが、それが確認したかったようだ。
「彼、エレンでしたっけ。明日会うのが楽しみです」
 そろそろ昼だということを、太陽の位置が告げている。
 いい加減ずっとやれていない事をやっておかないと、別の意味で病気になりそうだった。
「さて、明日の晩から少年に付きっきりになるんで、大人は大人の用事しますかね」
 そう言って席を立ち、部屋を出ようとした時、奥にいる人物から信じられない言葉が届いた。
「オイ、。溜まってるならここで抜いていけ」
――は?
 が振り返ったとき、既に間合いはリヴァイのものになっていた。
「?!」
 言葉にならない声を聞き取ったのかリヴァイが不機嫌さを滲ませて
「なんだ」
 と問う。だからは慌てて
「汚れます……っぅお!」
 汚れますから、と言おうとした言葉の後半がつぶれたのは、腕を引っ張られベッドに投げられたからだ。
「俺がするなら問題はない」
 体の上に圧し掛かってくるリヴァイに、なんとも情けない声が出た。
「へ、ぇちょぉ?!」





 正直、こんな展開になるとは、は思ってもいなかった。
「んっ」
 息が上がる。
 あのリヴァイ兵長に口でやられてる、なんて。
「兵長、もうっ!」
 幼い頃既にこういうことは経験してるらしく、その時の名残だといつかの時に教えてくれた。
 だからこそ潔癖症になったんだ、とも!
(相変わらずクッソ上手ぇ)
「兵長、もうっ出るか……らぁ!」
 腕を突っ張って退かせようとするが、当たり前だがビクともしない。
 やがて、部屋にゴクッと言う音を聞いた。
――飲んだ!?)
 驚いて声が出ないの耳に
「クッソ。濃い」
 というリヴァイの声が届く。
「当たり前です」
 は恥ずかしくて、手を両手で顔を隠したまま動けないでいる。
「何日出してないと思ってるんです。昨日ヤロウって思ったら、エルド達に訓練に連れて行かれたし。あとは、あなたも知ってるでしょう?」
 だからこそ、朝一で一般兵が寝泊りしている宿舎に来たんじゃないのか? と
 そうなのだ。
 昨日の勝負で勝ったは、エルドのベッドで眠ったのだ。
 ちなみにエルドはの部屋を使っていた。
 それを知ったからこそ、あんな勢いで起こしに来たのではないのか? と問いかけて、彼はさっさと身支度を済ませて体を起こそうとした。
 が、退いてくれないことを疑問思って
「兵長?」
 と問いかけると、返ってきたのは低い声だった。
「訓練したのか」
「そうですよ。聞いてませんか?」
 エルドが説明していれば聞いているはず。
 だからこのリヴァイの反応は、にとって意外だった。
「奴らと跳んだのか」
「? 兵ちょッ……?!」
 腕が伸びてくるのを避けられなかった。いや、むしろ避けることを体が拒んだ。
 受け入れろと、どこかで言ってるのが聞こえる。
「跳んだのか、えぇ? おい」
「カハッ!……へい……ッ!」
 だが首が絞まる指は緩まない。
 むしろ絞まって目の前がブラックアウトしそうだ。
「く……るしッ!」
――ばい、死……ぬ





 酸素は、急に来なかった。
 ゆっくり手が離されて来たそれに、直ぐに戻った体が酸素を求め始める。
 手の放し方から、慣れているんだなとは感じた。
 だが
「……ゴホッゴホ……ゲホッ」
 しばらく咳き込んでまともに話が出来ない。
(クソ。なんで……)
 抵抗できなかった自分もそうだが、リヴァイの様子が明らかに変だ。
「一体……どうしたんです?」
 見上げると、どこか放心したような表情をしている。それを見て、なぜか>は理解してしまった。
「まさか、拗ねてます、とかいう理由は止めろよ? 俺、本気で死にかけたんだから」
 応答はないが、確信する。
「……リヴァイ?」
 たまらずに滅多に呼ばない名前を呼んでみると、そのまま覆いかぶさってきたから黙って受け止める。
 しばらく沈黙が降りたが、小さく静かにだが確かにリヴァイが呟いた。
。お前は……何処にも行くな」
 心の中で盛大にため息を吐く。
 正直言って、命令がなければずっとリヴァイ班にいるのだから 
「行かせるのあんただろう?」
 と答えると、微かに嗤って
「それもそうだったな」
 という答えが返ってきた。
(このクソ矛盾三十路野郎が)
「拗ねるたびに首絞められたら、ホントに向こうに逝っちまうぞ」
 顔だけ彼の頭の方に向けて告げる。
 さっきのだって、容赦なかったうえにタイミングが悪ければ本当に死んでいた。
「お前が逝ったら、俺は自分を保てる自信がない」
(殺しかけておいてそれ言うか? 普通)
「そりゃ怖いなぁ。仕方ないから、当分はこっちに居ますよ。あんたが死ぬまでね」
 自然と出る言葉には自分でもびっくりしたが、
「そうしてくれ」
 と、どこか安心したようなリヴァイの声に何も言えなくなった。
 しばらくして、
「兵長も溜まってんじゃないですか?」
 と聞くと、リヴァイがギロリと睨んできたが全然怖くないと思いながら、はソッと手を伸ばした。






「抜いたら腹減りましたねぇ。飯、食いに行きましょうか」
「あぁ」
アトガキ
グズとクズです
2017/07/31 up
管理人 芥屋 芥