「終わった……」
壁際に巨人を寄せての掃討作戦と、ハンジ・ゾエが別で立てた生け捕り作戦が終わった。
「お疲れ、!」
生け捕りにした巨人のそばで膝を折って蹲っている銀髪の男が一人。
その近くに降り立った茶髪ポニーテールのゴーグルをかけた女性らしき人からの明るい声に、恨むような視線を向けるのはと呼ばれた青年。
――俺、この人のこと、恨んで良いと思います!
Attack on Titan
02.a Long,Long,theDay
駐屯兵団が壁にぶら下がって巨人を集める。
相当数が群がった頃、壁にぶら下がっていた彼らは引き上げ、代わりに降り注いだのは榴弾だった。
その間、調査兵団は何をしてたかと言うと、その後方支援を手伝っていた。
しかしながら、当然準備も怠らない。
掃討伐第一作戦に集まらなかった巨人の、第二次討伐が待ち構えてるのだから。
当初、後方支援には訓練兵にも入ってもらおうとしていたらしいのだが、それはピクシス司令が止めた。
休むのも兵士の仕事、とのことだがは『あぁ』と察して配給食を食べている彼らの方に顔を向ける。
彼らは、憔悴しきった悲惨な表情で食べていた。
(無理もないか)
一言声をかけるべきか迷って、やめた。
調査兵団として調査に出かける身としては、これが壁外の現実だ、ということをまざまざと見せ付けさせてしまった。
だから、彼らに何もしてやれない。
しかも彼らには、これからまだ働いてもらわねばならないのだ。
それがどんなに辛くとも、それが巨人と相対したときの現実なのだと。
それが身にしみて分かってるだけに、誰も訓練兵には何の言葉もかけられないでいる。
しかし、榴弾の砲撃音が鳴り止まない中、その時は確かに近づいていた。
「粗方片付いたな」
夕方頃になって巨人の数が明らかに減った。
ここからが仕事だ。
「行くぞ」
充填させたガスを吹かしてアンカーを伸ばし、駐屯兵団と訓練兵に見られながら壁を降りる。
自由の翼がはためく。
リヴァイ班は後方で、だけ前衛だった。
後ろを振り返ると、誰もいない。
てっきりハンジあたりは付いて来るかと思ったのだが、当てが外れた形になる。
だがその意図をすぐに察する。
自由にやれってことか、と判断したは一体の四メートル級の巨人に目をつけた。
「こっちだ」
巨人との距離を測りアンカーを交互に打ち込んで逃げる。
逃げる速度を上げて巨人に勢いをつけさせ、少し広いところで建物に激突させる。
自身はその直前、バシュッと思いっきりガスを噴かすと同時にアンカー近くの建物にぶっ刺すと瞬時に巻き上げ、壁に激突するのを回避していた。
体が思いっきり横向きに引っ張られるが、それを軽々耐える。
巨人からは一瞬、が消えたように見えただろうが既に遅い。
巨体は急には止まれない。
遠心力を利用したせいで四メートル級は思いっきり建物にぶつかって座り込んでいたが、あの程度で死ぬような巨人などいない。
その様子を見ていたのかは知らないが、近くにいた七メートル級がに迫る。
しかし彼はその手には捕まらず、巨人が再生する前に切り刻むその中で、ついでとばかりに足の腱を切断、転倒させた。
周囲を見渡すと、既に討伐が終わったらしく緑の煙があちこちで上がっているのが見えた。
もまた、安全を確認してから緑の煙弾で合図を送り、駐屯兵たちが巨人に杭を打ちとロープを巻きつける間、再生しかかる腱を切るということを続ける。
二体の巨人が完全に拘束されて一息ついた頃には、周囲がに驚いた顔を向けていた。
「?」
自分に向けられる微妙な空気に疑問符を打っていると、それが羨望の視線だと気づくのに時間はかからなかった。
その視線に耐えられず、思わずしゃがみこむ。
上から明るい声が降って来たのはその時だった。
ディープブルーの瞳が、恨めしそうな目で声をかけた彼女、ハンジを捉える。
「ぃやったぁぁ!! !! ありがとう!!!」
恨みの視線なんて、生け捕られた巨人を前にしては無いも同然だった。
飛び上がって喜びを表現するハンジに思わずため息を吐く。
生け捕られた巨人に集まった駐屯兵団や調査兵団を前にして、彼女はこう言い放った。
「な? 誰も死ななかったろう?」
と。
「俺は危険な目にあいましたけどね!」
「大丈夫だよ。は強いもの。それに、生け捕りなんて繊細なことリヴァイに出来るわけないじゃん!」
だから指名したのだと、心底嬉しそうな声の向こうから響く不機嫌な低い声。
「オイ」
「ん? やぁリヴァイ。をありがとう! いやぁ、本ッッ当に助かったよ!」
嬉しさ覚めやらぬ興奮した表情で、かなり不機嫌を通り越して凶悪になっているリヴァイにお礼を言ってから、早速ハンジは実験の段取りを決めていた。
「場所もそこそこ広くて、二体とも近くで申し分なし! ほんとう、最高だよ! !!」
多少方向性が違う気がしたが、褒められることは悪いことではないので答えようとしただが、彼がそれに応えることはなかった。
彼の後ろで、不機嫌なんてとっくに振り切れた極悪なオーラを放つ人物が立っていたからだ。
「来い」
地獄からの声だろうとかと錯覚するような声で呼ばれて背筋が凍る思いをしながら、は踵を返して彼の後を追って行った。
本部に着いたときエルヴィン団長が部屋に戻るを引き止めて、明日空けておくようにと告げた。
「。君は明日、一日空けられるかな」
かな? という疑問系で聞いてはいるが、有無を言わせない声に言葉だった。
「どうしたんですか?」
嫌な予感がした<だが答えないわけにはいかず、若干腰が引けていたが、それでも何とか返答した。
「今回岩で穴を塞いだ訓練兵について、彼と関わりの深い人物の聴取が行われるんだが、君にも来てほしい」
「聴取、ですか?」
「人が巨人になって穴を塞いだ。その事はすでに知っているだろうが、彼について我々は、ほとんど知らないからね」
つまり知っておいて損はない、ということだ。
実質、団長と兵長とそれぞれの分隊長クラスだけで良さそうなところに、わざわざに声をかける理由は一つか二つしか思い浮かばない。
「つまり、団長はその訓練兵を調査兵団にとお考えなのですね?」
「話が早くて助かるよ」
満足そうな表情をされた後、それぞれの部屋へと足を向けて別れた。
部屋に入って、まずベッドで横になる。
壁外から帰ってきたときにする最初の行為だ。
今回の壁外調査で亡くなった兵士については、その班の生き残りの兵士たちが各々の家に回っているだろうが、今回リヴァイ班に死傷者は出ていないから、それをやることはない。
――死傷者が出てないことは良いことなんだけど、リヴァイ班にいるということは、どの班よりも死に近いところにいることを意味して……
そこまで考えて暗鬱とした気持ちになり、その考えを振り払う。
なら、自分はどうなのかといわれると、よく分からないからだ。
十歳のあの時から、よく分からない何かが自分の中にあるのを感じているのだが、未だにその正体が掴めないでいる。
今日だってそうだ。
何をどうすればいいのかわかって、それで……
目を閉じると暗雲立ち込める思考を止めようと、軽く報告書を書こうとしたの部屋のドアがノックされたのはそんなときだった。
「あ、はーい。どなたです……か……」
開けるんじゃなかった、と後悔してももう遅い。
しかも相手は、確実にが在室していると確信しての訪問だ。
居留守を使ったが最後、ドアを蹴破ってでも入って来ようとするだろう。
相手は、例え兵団内普段着であろうが何だろうが人類最強だ。
逃げられるわけがないのである。
「着替えますから、席……」
外して下さい、とは言えなかった。
部屋にある椅子を勝手に占領しているリヴァイの視線が離れなくて居心地が悪い。
あからさまに見ているわけではないのだが、診ているのがわかって着替えにくいことこの上ない。
思い切って尋ねてみる。
「一体どうしたんです? 溜まってるんですか?」
と。
正直、平時のこの人の感情はとてつもなく分かりづらい。
降りた沈黙が地獄だ。
やがて静かに答えが返ってきた。
「うるさい。とっとと着替えろ」
と言う答えに思い切ってはジャケットを脱ぎ、シャツに手をかける。
余計なことを考えずにさっさと終わらせてしまえ、とばかりの勢いで補強ベルトを外して下も脱ぐ。
着替え終わった頃には、体はリラックスしていたが精神は緊張してキツイものがあった。
「行くぞ」
有無を言わさずリヴァイの部屋へと連れて行かされる。
の休みは、あってないようなものだった。
「明日は巨人になった訓練兵、エレン・イェーガーの近くにいたミカサ・アッカーマン訓練兵とアルミン・アルレルト訓練兵の聴取か」
兵団本部に戻ってきても、帰ってきた直後の僅かな間を除き、暇なし・休みなしである。
やることは山ほどあった。
聴取、ということで明日は一日空けなければならないため、できるだけの事務作業はこなしておきたいということで呼び出された部屋の空気は、大変よろしくなかった。
息が詰まりそうな中、はペンを走らせている。
「無駄口叩いてないでさっさと手を動かせ」
「兵長、ご飯行きません? 俺、昼から何も食べてないんですよ?」
そっと提案してみる。
流石に腹が減ってきていた。
「……」
沈黙を了解と受け取って、は席を立つ。
黙って付いてくるあたり、どうやら少しは機嫌が治ったようだと判断した。
そして食堂に降りて、飯にありつく。
この瞬間だけは、本当に生きているなぁと実感する。
食べ終わっては炊事場に行き熱湯を沸かすその時には、既にリヴァイの姿は食堂から消えていた。
(今日は部屋でお茶するのかな?)
そう判断したが、沸くと同時に部屋に戻り、食後のお茶はと、埃一つない棚に置いてある瓶から一つ選んで勝手に開けた。
十年来のやり方で淹れる紅茶は、既にリヴァイ好みの一品になりつつある。
というより、もう既になっている。というのは、ハンジ分隊長の談である。
ポットに入れた熱湯を茶葉に注ぐ。
「どうぞ?」
差し出したカップの上に指をかける独特な持ち方で飲む光景も、もう見慣れたものだ。
自身は、昔はもっと違う飲み物が好きだったのだが、今ではすっかり紅茶党だ。
さて、書類の続きを、と椅子に座って作業を再開しようとしたの視界が暗くなる。
誰かが前髪を握って……
「兵長?」
の顔が自然と上がり、三白眼のリヴァイと目が合い、不意に名前を呼ばれた。
「。お前はもっと、あのクソメガネのクソみてぇな用事は断れ」
と静かに告げられたそれに、苦笑いで
「今度からはそうしますよ」
と返す。
――今回は、上手く『使われた』のが分かっただけに、今後は対応の仕方を考えなきゃなぁ……
などと考えていると、答えに満足したのか
「ならいい」
と、前髪から離れた手がそのままペンを持つ。
さて、この書類が終わるのはいつになることやら。
長い一日は、まだまだ終わらない。
アトガキ