正直、何がどうなっているのか。
 壁に穴が開いたかもしれないということで戻ってみれば、本当に開いてやがった。
 けど、塞がっていた。
 どういう状況だこれは!!!
Attack on Titan
01.LessLessListen
 どうやらそれは誰もが同じ考え、というより、この状況を見たもの全員の思いだったろう。
 すかさずエルヴィンが指示を出す。が、その前に動いた人間がいる。
「兵長?!」
 驚いたぺトラが彼の代名詞たる役職を叫ぶ次の瞬間、団長から指示が飛んだ。
「右翼! 群がってる巨人の討伐! 残りは壁を登れ!!!!」
 アンカーを射出し、壁にぶっ刺して体を浮かせる。
 馬から浮き上がる瞬間、逆向きの重力を感じるこの感覚が一番好きだったりするんだが、壁を登りきると先に登っていた兵長がそこに立っていた。
 そしてじっと真下を見ている。
 何事かとも見下ろすと、そこには巨人の蒸発しそうな体と、そのウナジあたりに少年が二人、何やらもそもそ動いているのが見えた。
――どういう状況だ?!
 と、その険しい視線が物語っていると事態は動いた。
 下でもそもそ何やら動いていた彼らに迫る巨人が二体。
「お前は向こうのをやれ」
 短く告げると、あっという間に下に降りていく。
 了解の言葉なんて聞かないし、も言わない。
 降りていく過程で広く見渡すと、この中で相当な戦闘が行われたことを知る。
 そこかしこに死体だらけだ。
 屋根の上を移動中には訓練兵と思わしき死体もあって、入団式もしていない若い命が散ったことを知る。
(それにしても本当、何が起きたんだ?)
 後ろをチラリと見ると、ぺトラとグンタが付いてきていた。
 足を止めて全体を見渡すと、壁に巨人が群がっているのが確認できた。
 どうやら駐屯兵団が壁にアンカーで人間をつるして巨人を集めているらしい。
 そいつらは後で処理するとして、と考えていると左から一体、右から二体現れた。
「お前らは左!」
 言うが早いか、体が動いていた。
 近くの建造物にアンカーを狙い打って軌道を決めると後はガスを噴射してワイヤーに沿って体を預け、刃を振り下ろして項を削ぐと同時に倒れる巨人の体を蹴って、再度アンカーを今度は目の前になった二体目の巨人の目に刺すと同時にブレードを一本ブン投げてもう片方も潰す。
 痛がる巨人の肩に乗ってブレードをセットしてアンカーを横の壁に刺すと、そのままワイヤーとガスの力だけで同じところをまた削いで終わりだ。
(こちとら連戦だからな。楽させてもらうよ?)
 過去、もう忘れたくらいの回数を行ってきた行為に今更感慨なんて沸かない。
 ドォォンという音を立てて二体目の巨人が倒れる頃、左のほうでも音がしたから二人が倒したのを理解した。
「副長、指示を!」
 ぺトラが、が最も嫌う言い方で彼を呼ぶ。
「ぺトラ、それ言うなって!」
 思わず地が出て叫ぶ。
「でも!」
「でもも何もない! 嫌いなの知ってるだろう?!」
 リヴァイ班、別名、特別作戦班の不動の二番手(にばんしゅ)。
 とは言え、エルヴィンの指揮下に借り出されることが多いため、実質的なサブリーダーはどちらかというとエルドの方だ。
 リヴァイも自身が班を離れるときはエルドに指揮を任せることが多い。
 それに遠慮している、訳ではない。は心底、その呼び方が嫌いなだけだ。
「とにかく状況が分からない。壁に戻ろう」
 リヴァイに言われて駆けてきたはいいが、本質的な状況が分からないのはも同じだった。
 何故今になって門が破られたのか、あの大岩はどうやって運んだのか、蒸発中の巨人の上であの少年たちは何をしていたのか等々。
 巨人に対しては常に白紙で全体が全く見えないのが常態化しているが、今日のこれは『ありすぎ』て見えない方だった。
 アンカーを飛ばし、巨人が少ない場所を選んで跳びながら、は嫌な予感がしてならなかった。
(あぁ。今日帰れないかもなぁ……)




 50メートルの壁の上を走り、人だかりを目指すとそこには周囲から頭一つ飛びぬけて背が高いエルヴィン団長とピクシス指令が何やら話あっていた。
 暗い空気が流れる中、一人笑顔な人間が団長に詰め寄っている。
 茶髪ポニーテールの中性的な外見をした、言わずと知れたハンジ・ゾエ、その人である。
 彼女はある事をエルヴィンに直談判していた最中だった。
「だからぁ! ねぇ! エルヴィン! 生け捕っていいよねぇ?!!」
 何が『だから』なのかは話が掴めないには分からなかったが、彼女の興奮した顔を見るにつけ、つくづく『人の奇行種』と呼ばれるのもなんとなく頷け、既に壁の上に登って街の中を見下ろしているリヴァイから話を聞こうとしたときだった。
 興奮した彼女がを見つけたのは。
(しまった!!)
 と思ったが時、既に遅し。
!! 確保!!!!」
 長身な分、彼女の長い腕が容赦なくの首に巻かれる。
「グェ!!!」
 反動で変な声を出しながら白目をむいたを、リヴァイが静かに見つめていた。
「……」
「ねぇねぇリヴァイ! もらって行ってもいいよねぇ!!」
 興奮冷めやらずといった空気を全身から出しているハンジが、の首を絞めているのも気づかずリヴァイに尋ねる。
「オイクソメガネ。そいつはモノじゃねぇ」
(ぐびがじま”っでる”ごどはい”い”のが……オイ)
 心の中で突っ込みを入れるが、一向に緩まる気配が無い腕に本格的に苦しくなってくる。
 それに気づいたぺトラが
「分隊長! が死にそうです!」
 と声を上げた。





 ゼーハーゼーハー……ッゼーハーゼーハー
 人生、兵士なんてやってると巨人に殺されても文句はないが、まさか味方に殺されそうになるとは思わなかった。
 ぺトラの言葉で本格的に白目をむいていたは開放されて落ち着く間、ハンジは捕獲班に説明していく。
 どうやら彼女の考えた捕獲方法で行うらしく、誰も死なせないし死なないと自信たっぷりに豪語していた。
「やるのか?」
 リヴァイが、街から目を逸らさずに隣に座るに尋ねる。
 主語が抜けているが、この場合は一つしかない。
「ハンジ分隊長のご指名ですから。死に掛けましたけど」
「あのクソメガネ」
 三白眼がさらに凶悪になって、編成を組んでいるハンジの後姿をギロリと睨む。
「兵長、顔怖いですよ?」
「俺は元々こんな顔だ」
 周囲の温度が二・三度下がり、凶悪な表情そのままで入った突っ込みだが、は気にしない様子で流す。
 おそらく、今のリヴァイ班でもこういう付き合いができる人間はいないだろう。
 と、遠巻きにその光景を見ながらエルドは思う。
 自分は確かに、リヴァイ兵長から班を預かることもあるから信用も信頼もされているとは思うが、あそこまで心を許してくれているかと問われると、否と答えることができるだろう。
 10年来の、もうそれは友人と言ってもいいのかもしれないと思ったとき、ストンと何かが納得した。
――不動の二番手(にばんしゅ)
 自分がそのポジションにつきたいとは思わないが、できるだけのことをするまでだ。
 と、エルドは静かに決意した。




「それにしても、驚きましたね。まさか人間が巨人になるなんて」
 宵闇が帳を落とすころには、巨人たちの活動が緩やかになる。
 明日の作戦に備えて休息中のことだった。
 話はそれで持ち切りだった。
「今身柄は?」
「憲兵団預かりだって」
「普通に考えれば、このまま憲兵団のままだろうな」
「やっぱそ〜なるかぁ」
「いや、団長と兵長なら何とかしてくれるよ。ね? さん!」
「ん? ……う〜ん、まぁ本人がどこを希望してるかに寄るんじゃねぇの?」
「うちか? それともやっぱ憲兵団?」
 盛り上がる話からはそっと離れ、一人興奮冷めやらぬだろうと思っていた彼女に近づいていく。
「壁に人垂らして、固定砲で粉砕。残った巨人を俺たちが掃討。生け捕れるかどうは分かんないですよ? ハンジさん」
 だが、返ってきたのは真面目なほうの彼女の言葉だった。
「ねぇ
「はい」
「巨人が人なら、私たちは人殺しなのかな」
「じゃ、俺は大量殺人者ですか?」
「いや、いい! ごめん!」
 慌てたようにさっきの言葉を忘れろというハンジに
「別にいいですよ。俺だってまだ信じられて無いですから」
 と答える。
 壁の上に設置した松明の炎がハンジの横顔を照らす。
 浮かない、いつもとは違う真剣な表情には小さく息を吐いてから
「あんまり寝不足だと、明日生け捕れないかもしれないですよ? おやすみなさい」
 と言って踵を返す。
「ん? あ、あぁ。そうだね。私も寝るとするよ。おやすみ、




 長い一日だった。
 本当に長い一日だった。
 朝から壁外調査に向かったと思ったら、いきなり巨人共が北上して反転。
 追いかけていったら門が破られていた……と思ったら、実は塞がっていて入れなくて。
 仕方がないから上から入ったら、今度は人が巨人になって穴を塞いだと知った。
 ほんと、こんなの聞いてない。
 こんな一日は知らない。
 ほんと、もう、まじで! 巨人なんて!! 大ッ嫌いだ!!!! くそったれ!!!!!!!!
アトガキ
距離感
2017/07/13 up
管理人 芥屋 芥