SuperStrings Alchemist
60.holography
兄さんが、腕を伸ばし彼の服を鷲掴みにした……かに見えた。
でも腕は彼をすり抜けた。
兄さんが見ている方向にさんは居たのだけれど……でもそこに実体はなくて腕はすり抜けた。
でも姿はそこにある……これは一体何?
驚いていると、どこからともなく響くさんの声。
「それとエド君。さっき君は俺が中心に居たって言ったけれど、正確には違うよ。俺が中心に居たんじゃない。この体が中心に居たんだ。俺はただ、呼ばれただけ」
と、兄さんの僕達の怒りなんか感じていないかのように続けられた。
「あれだけの命を無駄にしながらも、ちゃんと造ることが出来たのはこの体だけだった。一つの国の人間のほぼ全ての命が一瞬で消えた。にも関わらず、『彼』の魂は戻ってこなかった」
すぐ其処に立っているのに、触れられない。
手を伸ばしてもすり抜ける……消えたわけじゃないみたいだけれども、これは一体何?
「それにね。連れて来たソイツは俺に向かって、お前でいいって言ったんだ。随分と失礼だよね、その言い方」
と、少し困ったような顔を自分たちに向けてしかし声は少し怒っているような、そんな微妙な彼の心境を覗かせた声がその場に響く。
それを遮って、そこにある姿に何かをしようとしていた兄さんが、諦めて聞いた。
「あんた、姿だけそこにあるけど、実体は何処にあるんだ」
と。
その後、しばらく沈黙が降りる。
彼の姿はその質問でゆっくりと空を見上げ、その手は何かを空に描くようにして動かしている。
それは何かを……掴んでいる動作?
いや、違う。
人指し指をクルクル動かして、何かをそこで無表情で回してるようなそんな動作だった。
しばらくそんな不思議な動作が続き、これは、もしかして答えたくないのかな。そう思った時だった。
「これはね、ホログラフ」
と、聞き慣れない言葉と共に答えになっていない返答が届いたのは。
「はぁ!?」
驚いた言葉の中に苛立ちと答えになっていないという抗議の色を込めた声を兄さんが出す。僕は驚きすぎていて、何も言えなくなっている。
「これはね、二次元を三次元に見せるだけの、ただの虚像なんだ。でも良く出来ているだろう?」
「ホロ……グラフ?」
「そう。二次元から三次元への転換に良く使う。これによって、随分と解明され……あぁ、そうか。少しだけ近づいてるからこんな知識も少しだけ解けてるのか」
それはまるで僕達に説明するようでしていない言葉。自分で納得するような言葉を言って、その実体の無い彼の体は何度も頷いている。
まるで、そこの本当に存在しているかのような彼の虚像。
それにしても、知識が解けるってどういう意味?
分からない表現が、ここの所多い気がする。
「解けてるって、どういう意味だよ。大体『ほどける』なんて言葉そこに使うの変じゃねぇのか。『分かる』とかなら分かるけれど」
不思議に思ったのだろう兄さんが聞く。
確かに、ほどけるなんていう表現はあまり使わないし・・・…
なんて思っていると、頭を少し捻って困ったようにが答えた。
「う〜ん、俺的に言うならそこは解けるで合ってるんだ。その答えはさっき言ったはずだけれど、もう忘れた?」
指はすでに下ろされており空を行き来しておらず、その言葉と共に兄さんに向けて虚像の顔に微かに笑顔が宿る。
この光景を、彼の実体はどこかで見ているのだろうか。それとも、本当に目の前に立つ虚像しか居なくなってしまったのか?
そう思っていると、兄さんがさんの質問に答えた。
「巻きついてるから……か。軸にあんたの言う弦が巻きついてる。だから解けるなんて言うんだな?」
確信を持った表情に満足したのか、さんの顔が少し満足したような顔になったように見えた。
「そ。その軸一つ一つに、力と式が内包されている。それがバラバラと解けていくことで、少しずつ見えていく。式は、実際のところは物質で、力と物質のこの二つは通常空間では絶対に見ることが出来ないほどの小さな小さな数珠で繋がれた鎖みたいなもの。……そうだ。こんな実験もやっていたな」
と、ここではない何処かの記憶が解けているのだろうか。話の脈絡がなくなっている。
「堅く堅く結ばれた、通常では決して解けない連続した面に……持ってくるものと持っていくもの……実験に次ぐ実験で予算がなくて、しかし急がなければならなくて……」
予算って。実験なんて、そんなのが無くたって出来るのに。
もしかして、どこかの国の研究機関にでも居たのだろうか。
でなければ、予算なんて言葉は出てこないはずだろう?
「業火……あの日、もう一つの光が生まれた。それは、あの光にとっては一瞬にも満たない代物だった。しかしそこから始まった実証や理論と共に……しかしその光は、人にとって……」
空を、虚空を見上げてさんが脈絡のない言葉を紡いでいた声が突然止まる。
「だめだな。まだ、全てが解けきるには足りないみたいだ」
と、頭を軽く振って諦めたかのように言うと、「さて。ちょっと時間を食ってしまった。急ごう」と気を取り直して、足を進めた。
ここではない何処かの世界の話の一部。
その一部を今、聞く事が出来た。
それにしても、光が一瞬にも満たないとはどういうことなのか。
光に、種類があるとでも言うのだろうか。
「それにしても、あんたの実体はどこにあるんだ」
触れられない虚像が前を歩き、その後ろを二人が付いて行く。
この道の正確な道順を知っているのは彼しか居ないから、ついて歩く。
それしか、今はできない。





「エンヴィー、あんたそれ本気で言ってるの」
彼の提案に、面倒くさそうにラストが確認を取る。
「建物の壁突っ切れなんて。そんなこと気持ち悪くて出来やしないわよ」
否定的なラストに、彼は言った。
「だけど、このまま闇雲に走ったところでたどり着かないじゃん。だったら、少し考え方変えた方が良いと思うんだよね」
と、エンヴィーは言いつつさっきラストが足をめり込ませた……違う。すり抜けた建物に手を滑り込ませる。
「それに見た目程気持ち悪くないし」
煉瓦造りのアパートの壁を手がすり抜けている……そう思ってラストは一瞬目を逸らしてその先にあった物を見て、再度叫んだ。
「なんであんなところに手が出てくるのよ!」
と。
そこにあったのは、明らかにエンヴィーの手。
そこは、今彼が手をめり込ませているアパートの隣に立つオープンカフェに置かれていた椅子だった。
今やほとんど人の居ないこの街で。
いや、ほとんど人が居ないように見えるこの街で、片付ける暇も無かったのだろうか。
その椅子とテーブルはカフェが営業していた頃のまま置かれていた。
そんな自分の手の様子を見て、エンヴィーが笑う。
「なーんだ。じゃぁここをすり抜けてもあそこに出るわけだ。なるほどねぇ」
と、カフェの椅子に現れた自分の手を面白そうに引っ込めたり、さらに突っ込んだりしながら動かして、最終的にはその体ごとそのまま椅子の上に現れた。
「へぇ。なるほど。これじゃいつまで経ってもたどり着かないはずだ」
と、納得したように頷きながらカフェから二人のところに向かって歩いてくる。
そんな彼の様子に、ラストが聞いた。
「何を掴んだの」
と。
すると彼は笑って
「入ってみると分かるよ」
と答え、ラストはそんな彼を怪訝そうに見ながらも、
「……分かったわよ」
と渋々といった様子で承諾し、「行くわよグラトニー」というとその壁をすり抜けた。

「どうだった」
さっきのエンヴィー同様、隣のオープンカフェの椅子から現れたラストは、そんな彼の問いかけにニヤリと笑って
「なるほどねぇ。それにしても、も考えたものよね。目に見えるものが道じゃない……か」
と言うと、爪を伸ばした。
ドカ!

爪は地面を割り、その中から何かを取り出す。
「こんなものを巧妙に隠していたわけね。全く、よくもここまでコケにできるもんだわ」
と、地面を刺したその爪を思い切り引き抜くとその爪先に引っ掛かっていたのは一本の白い……
それを見てエンヴィーが、残酷とも楽しそうとも取れる笑顔で笑う。
「答えが見えたねラスト。僕たちはこれを辿っていけば追いつけるってわけだ」
アトガキ
ふう・・・
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管理人 芥屋 芥