SuperStrings Alchemist
59.involveModel
「今、何て……」
なんか今、とんでもないことを言わなかったか?
「今何ていったの。少佐」
聞き返すと、一瞬だけエドに目を合わせたがその手を止めて答える。
「あぁ。あの移動の錬金術を使ったとき、その中の一度くらいは宇宙を横切って移動してきたかもしれないって言った」
「……マジ?」
嘘……だろ?
そんな思いを込めた言葉は、あっさりと一蹴される。
「とは言っても本当のところは分からないんだけれどね。まぁ一度位はそんなことがあったかも知れないってことさ」
「確率なんですね」
アルが聞くと彼はいとも簡単に肯定した。
「そ」
と。




力の法則が、街の外とは全く違う街中を歩くその中で、一瞬、何かが変わった気がした。
何が変わったのかは分からないけれど、それでも何かが変わった気がした。
その異変に気付いて足を止めると、彼の異変に気付いたのは少し前を歩くラストだった。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
怪訝そうに、しかし気だるそうに問う彼女にいつもの笑顔で答えるその言葉は果たして裏切りなのか。
裏切りかなぁ。ま、裏切りだろうね。
などと、彼女に答えながら自らの考えを彼は肯定する。
でもさ。
そっちの方が、面白そうじゃない。
何を彼が行ったのか、その結果に少しだけ苛々したから。
なんて、そんなのは……自分に付けられた名前から来るものだろうから。
確かに僕は……だけれども。
でも、それだけじゃないんだよね。
「それにしても、やっぱり変よこの力の法則。いつまで経っても言われた広場に辿り付けないじゃないの。一体どうなってる訳?」
ラストが苛立たしげに髪の毛を掻き揚げながら直ぐ横に立つ煉瓦造りの建物の壁を蹴る。
と、彼女の足がそこに……めり込んだ?
「な……なんなのよコレ?!」
心底気持ち悪そう驚いて、めり込んだ壁から足を引っ込めると苛立たしげに、彼女は言った。
「もう、気持ち悪いったらありゃしないんだから」
と。そんな彼女にエンヴィが言う。
「もしかして、すり抜けて行った方が案外簡単に通り抜けちゃったりしてね」 と。




やがて作業が終ったのか、周囲を少し見渡した少佐は
「さてと。これで多分大丈夫だと思うけれど、急ごうか」
と俺たちを見て言った。
「歩きながらでも、話はできるからね」
って言っても、その進む道はその足元に引かれた線らしきものを辿りながらなのだろうけれど。
そう思って足元を見てみると、もう既に見えなくなっていた線。そしてモヤ。
線は分かったけれど、モヤの正体は一体なに。
確か、係数を上げた状態……実体に近いって言っていた。
そしてその実体に近い光景の中で、俺たちは空とか壁とか、または逆さまになったりしながらもそんな意識は全くないままに歩いていたって言うわけだ。
その不思議な感覚。
「もしかして、壁とかもすり抜けてたりもするのか?」
その問いには、肯定の頷きが返ってきた。
……やっぱり。
「でも、すり抜けているっていう感覚は無いはずだよ」
「当たり前だ!」
そんな、さっき見た光景のまま歩かされたら、それこそ迷う。
「そう怒るなよ」
困ったように嗜める少佐の表情は、それでも優しい笑顔だった。
「怒ってない。ただ、壁なんかすり抜ける感覚なんかあったら、それこそ気持ち悪いってだけだ」
人は、物体をすり抜けないから。
そんな感覚があるとするなら、きっと……
「まぁ、それもそうだろうね。でも小さい次元で考えた場合、俺たちは常に何かしらの世界を渡ってる」
「それどういう……」
アルが、聞いた。
「その世界は、通常は時間とかに巻きついていて目に見えないほどに小さくなっているそれが、この街の、この街に溢れる力が高まった所為で目に見えるようになったという訳さ」
そんな知識は、一体どこで得られるのか。
「小さいものを見るには大きな力が必要になる。ましてやそんな微小空間を見ることが出来る場というのはそうそう造れるものじゃない。この街は、段階的に内包するエネルギーが大きくなっているってことだ」
話してて思う。
下らない。
と。
くだらなさ過ぎる。
と。
こんな、傍迷惑にならなくても、俺さえこの世界で廻っていればそれだけで良かったのに。
そうは思えど、彼らの作った錬成陣に乗ったのは自分。引き継いだのは自分。
抜け出すことも、放り出すこともできたはずなのにそうしなかったのは紛れも無く自分。
だから、自分も同罪なのだ。
彼らの、見立ての殺人を許容した。
だから自分も、彼らと何ら変わらない。
そう思いながら、は再び手を動かして何かの作業を空間に向けて行いながら言葉を紡ぐ。
その動作はまるで、自分には循環は必要ないと言わんばかりの動き。
ま、実際必要ないって言ってたし、そこは何も追及しないけれど。それでも、その錬金術は不思議だと本当に思う。
「この街は、巨大な実験場。弦を、縦方向と時間軸方向に振動させようとしている実験場だ。そして俺も、その実行に手を貸した一人だよ」
笑顔は消え、いつしかその表情は厳しくなっている少佐に、隣(らしき空間)を歩く二人は何も言えなくなる。
実験。
そして彼は、その実行者の一人。
一つは敵……ホムルンクルス。そして残る一つが彼。=少佐。
何でも無いことのように言うけれど、それって……
「あんたも、犯罪者のお仲間って言うわけだ」
「兄さんッ」
「否定はしない」
咎めるような声を兄に向けるが、さんが認めてしまった。
だけれども兄さん。
取り戻したいのは自分たちだって同じだろう?
だから、彼らに乗ってしまったその気持ちは、僕は何となくわかる。
彼は、自分と同じだから。
自分はこんなにも冷たい鋼の鎧だけれども、彼は違うから。
圧倒的な命の量によって造られた人の形をした『何か』に、外から連れて来られた魂。
見た目は本当に人間にしか見えないのに、自分以上に歪な存在。
さん……それって、振動実験ですか?」
話を変えるように、アルがに話し掛ける。
「この街を、さんが言う弦を振動させるための実験場にした。そういうことですか?」
「そうだよ。そしてそのために必要な式があのモヤモヤっとしたものって言ったら、信じる?」
「あのモヤとしたものが式って、あれが式?」
信じるもなにも、あの白いモヤみたいなものが式って一体どういう?
あんなのが式だっていうの?
あんな……あんな、ユラユラとしたものが?
信じられずに嘘だと言いたかったけれど、それでもなぜか納得してしまうのはどうしてなのか。
自分が、自分たちが今まで辿りつけなかったところに、この人はあっさりと辿りつけてしまうからか。
それとも別の意味があるからなのか。
そりゃぁ確かにこの人は……そうだけれど。
だけれども、あのモヤみたいなものが式になってるってことは、つまり……どう言う事なんだ?
そんな疑問を全てすっ飛ばして、さんは肯定した。
「さっき見せたモヤが、その一つ一つの中に式を次元を内包している微小空間なんだ」
と。
「嘘……」
「正確には、モヤ一つ一つの中にも各次元が存在してる、入れ子構造みたいなモノなんだけれど」
と。
入れ子、構造。
それってつまり、それは……自分達が見ている以上に小さな、少佐の言葉を借りるなら『内包された小さな次元』っていうものが凄く多いってことになる……のか?
そして縦と時間方向に振動できないっていう言葉の意味はどこにある?
横に振動するのも縦に振動するのも簡単だろう。
「どうして縦と時間には振動できないんだ。普通なら、そんなの簡単だろ」
というと、少し困った顔を見せて少佐が答える。
「簡単じゃないから困ってるんだよ。何故ならそっちの軸に振動すると光を越える。光より速い物体はないから、越えるとそれはちょっと厄介になるわけだ」
振動することで光りを越えることになる?
なんで光を越えるとダメなんだ?
……どうなってるんだ?
「ちなみに大佐には一足早くアレが見えていたんだけれどね」
と。
はぁ!?
「え……だって、そんなこと一言も大佐は言わなかったよ」
「言う訳ないだろう。錬金術師は、その法則を見つけたときは暗号で隠す。基本だろ」
と、当然のことをいわれてグウの音も出ない。
「それに、自分だけ一足早く通常空間よりも四つ程桁が違うエネルギーが充満する世界を見せられたらそりゃ錬金術師じゃなくても調べたくもなるさ。だからあの人、ホトンド出歩いていただろう。そう言うことさ」
あの大佐の外出には、ちゃんと意味があった。自分が見える光景を調べてたっていうわけだ。
それにしても、いつから?
「いつから大佐にはあの光景が見えていたんだ」
「いつからって。俺があの人の目に触れたときからだね」
大佐が、自分の部下の錬成をこの人に願ったとき。
確かに、触れた。けど、それだけで?
「まぁ、直ぐに法則は見つけたみたいだったけれどね。弦は、縦と時間軸方向には振動しないって」
あの時、夜に空を見ながらボーっとしていたとき後ろから話し掛けてきてビックリした。
――女性の体を支えて、くるくる回す――は、高さの振動の確認。
それはつまり、縦振動は無いんだろ。ということを言っていた訳だ。
だから自分はこう返したんだっけ。
長い物を振り回すような感じだ、と。
正直言って驚いた。
だけれども、それ以上にこの人は侮れないと思った。
やはり、無能ではない……か。大佐。




やがて、大佐とこの少佐の、自分たちが知らないところであった会話に驚いていると、隣のアルが聞いた。
「だけどこんな、大掛かりな実験にする必要がどこにあるんですか?」
実験は、確かに僕たちでも行うから分かる。
だけれども、こんな大掛かりじゃなくてもいいはずだろう。
だけど返ってきた答えは、否定だった。
「全然大掛かりじゃないよ、今はまだ」
「?」
疑問が顔……じゃなくて雰囲気に出ていたのか、さんがさらに言葉を紡ぐ。
「今はまだ、全然大掛かりじゃない。むしろ小さいくらい。だけど、コレッポッチのエネルギーレベルで彼らが式の収集を止めたのは、俺のことも計算に入れているっていうことさ。じゃなかったら、もっと大掛かりなことになってだろうね。それこそ国が一つ滅ぶほどの。言っとくけどこれ、謙遜じゃないからね」
多分、この人の言う事は本当だと思う。
自分の足一本じゃ、弟の魂を連れ戻すくらいしかできなかたったから。
この少佐のこの状態を錬成するのに、一体どれほどの人命を失ったのか。
戻るためには、自分たちも何でもする覚悟はある。
だけれども、この人は根底から何かが違う。
だから……
「その国の中心にあんたが居て、人体錬成の再生と構築をやり遂げたんだもんな」
「まぁね」
皮肉で言った言葉は、自信を持って返された。
「皮肉で言ってんだよ」
「皮肉でも、事実は事実。それとも、自分たちが失敗したのはそれほど悔しいかい?」
確信を突いてきた言葉に、エドは、切れた。
「テメェ!」



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管理人 芥屋 芥