SuperStrings Alchemist
56.For the moment
少し前を歩くその人の気配の違いを彼女は敏感に感じ取る。
とは言え、一般兵たる自分にはその詳細は分からないのだが。
しかし、違う。それだけは確実だった。
だけれどもどうして彼が違うのかまでは分からない。
しかもそれは常にじゃなくて、時折なのだから性質が悪い。
時折、変わる彼の雰囲気を確かめようとする術は彼女にはなく、しかも彼はベンチに座り誰か見えない人と話している彼のその顔からして相

手は女性だろうか。
顔がにやけているから直ぐわかるわ。
そろそろ彼らが、自分たちがここで待っている国家錬金術師達がここに現れてもおかしくないのに彼は何をやっているのだろう。
余裕なのか何なのか。
真意が読めないわね、と小さくため息を吐くとベンチに座っていた彼が立ち上がりこちらに近づいてきて空を見上げる。
いや違う。
この通りを一本挟んだ建物恐らくアパートを見上げているが、しかし視線の焦点はアパートではなかった。
そんな良く分からない、まるでアパートの向こう側遥か遠くを見るような視線を不思議に思った彼女が声をかけた。
「大佐、一体どうされたのです」
「うむ。どうやら入ってくる国家錬金術師達はこちらには来ないようだな」
とその目を細めて建物の向こう側から視線を外さずに答える。
「それは、一体どういうことでしょう」
力ある国家錬金術師達はこの街に入れる。
朝に聞いた通りならば、そろそろ城壁の付近で待っている自分たちの前に現れていてもおかしくないはずなのに。
「どうやらが何かをやったらしい。外からの流れが今私が見ている方向に集まっている」
一体何が起こっているのか。
そろそろ現れるハズの国家錬金術師達は何故現れないのか。どうやらそこまでは、この大佐を以ってしても分からない様子だったが。
「この向こうって……」
「そうだ。この建物の向こうの向こう。街の中ではあるがここからではかなり遠い場所だ」
正確には自分たちがいる場所からは正反対に位置するその場所で何が起こっているのか。
それにしても、この城壁の堅く閉ざされた出入り口の一つから力ある国家錬金術師達を正反対の位置に飛ばすとは。
「これは加勢したほうが……」
良いのではないか。
そう言いかけた大佐の言葉が途中で止まる。
「来るぞ、中尉」
ギチッと、つけた手袋が衣擦れの音が鳴る。
今日の空は、晴れ。しかも快晴で雲ひとつない。おまけに丁度良いことに湿度も低い絶好の発火日和だった。


人には見えない闇の中で、声がする。
ここはまだ街の外だというのが分かる。
なぜなら力の法則がまだ正常だから。
そして移動してきた軍令部からは死角になっている場所に現れたのは三人の男女。
いや、彼らは果たして人なのかどうかさえ怪しい者達であった。
「街に入るときは気をつけろ、か。ねぇラスト。ラースの奴さ、連れて来た国家錬金術師共にそれ、言ったと思う?」
地面に降り立って最初に口を開いたのは、長い髪をいくつかにまとめて、ヘアバンドをしている子供の姿をした少年だった。
「さぁね。でもどうでもいいじゃないのそんなこと。もしラースが言ってなかったとしても、入った瞬間に異変を感じ取ることも出来ず錬成陣も組めないようなマヌケに居てもらっても邪魔なだけよ」
と、ラストと呼ばれた女性が妖艶にそして鬱陶しそうに答えを言うとその言葉に反応したのは大男だった。
「ジャマ……じゃないよ、ラスト。オレが、クウから」
「あぁ、そうねグラトニー。でも、あんたはあのを私と組んで相手をするんだから他を食べている余裕なんてないわ。でもどの道近かれ遠かれ死ぬことになるんだから、どっちみち手間が省けていいけどね」
とその笑顔は果たしてどう表現すればよいのだろう。
妖艶と呼ぶべきなのか、それとも廃退的とも呼ぶべきなのか。
そんな笑顔を作りながらラストはその城壁に自らの爪を突き刺した。
途端、法則が変わる。
この街には、この街独特の力の法則が流れている。
気をつけろと言われ街の中に異変があるのは分かるのたが、この法則が劇的に変わっている街でどうやって気をつけろというのだ。
「ちょっ……と。何よこれ。気をつけろも何も滅茶苦茶じゃないこの中」
不満の声が珍しく女の口から出る。
こんなことは、初めてだった。
「なんなのよ、もう!」





「では、国家錬金術師たちに出てもらおうか」
最初からそうしなかったのは軍のセオリーに従っただけで、本当は一般兵など必要なかった。
だが、それは総統という立場上できないことだったからな。
と、言葉を紡ぎながら軍の最高司令官であり、またウロボロス側のモノであるラースは告げた。
その言葉を受けて、錬金術師たちが前に出る。
「さてさて、一般の兵士たちがこの街に入れなかったっていう話だけど、本当かなぁ」
「さぁな。でも入ったらさ。裏切り者が案外目の前に居たりしてな」
などと、自分達の力に絶対の自信がある国家に認められた錬金術師達が笑いながら兵の前に立ち、その城壁の扉に手を当てた。
「な……んだ、コレ」
城壁に手を当てた瞬間、すぐにその異常さが分かった。
手を当てた錬金術師の近くに居た数人の人間達はその異常を直ぐに察知して錬成陣を組んだがそれが一瞬で無効になる。
こんなことは、初めてだった。
「な……なんだぁ、ここ!?」
おそるおそる足をそこから踏み出してみる。
瞬きは、禁止だった。
石の城壁の間に立つ扉に触れた瞬間、世界が変わる。
「ここは、街の中か?」
晴れた空は街の外も中も変わらない。
変わったのは外に居たのでは分からなかった街を覆う力の法則が全く違うこと。
「この街……」
異様だ。異様どころじゃない。
この街は、今まで自分たちが考えたことも無いような……
「いらっしゃい。随分遅かったのね」
恐らくこの場に最もそぐわないであろう陽気で明るい女性の声が彼らに届き、次の瞬間手を叩く音が聞こえる。
そして何が起きたのか分からぬままに、視界が暗転した。
一瞬遅れて現れた国家錬金術師が、恐らくそこに待ち構えていたのだろう女性が錬成したもの中に捉えた仲間の錬金術師たちを見てため息をついた。
そして、その目の前に立っている女性に目をやると、そこに立っていたのはどこかで見たよう記憶のある女性だった。
「あなたは」
あの女性……は?
問い掛けた少佐とは違い、どうやら彼女は自分が何者であるかを知っていたらしく挨拶をしてきた。
「あら少佐。あなたもここに?」
と、まるで何でもないことのように彼女が答え、やっと少佐からその名が出た。
「イズミ・カーティス女史」
出合ったのは近い過去。
肉屋を営むどこにでもいる主婦の片割れでありながらも、その錬金術師としての力たるや並の国家錬金術師では相手にならないほどの力の持 ち主であり、何よりあの鋼の兄弟の師でもある女性だった。
会ったのはセントラルでその時に語られた情報によるとこの女性、確か病気とか言っていなかったか。
体が弱いとは聞いているが、今の彼女の気力の充実から考えてとてもそうは見えない。
「お体は、大丈夫なのですかな?」
確認を込めて少佐がイズミに問い掛ける。
「えぇ。今のところは大丈夫みたいね」
と、ニコリと笑って答えるイズミに少佐の背が珍しく冷たくなった。
彼女の攻撃から逃れることができた国家錬金術師は自分を含めて五人。
果たして、どういう理屈かは分からぬが全快したらしい彼女に勝てるのか?
それが問題だ。
そう思うと同時に、この街を覆う異様な力の法則を同時に探る。
この街を覆う何か異様な力の法則は、やはり異様なもので。
しかし、応用は可能だな。
そう判断して、少佐は軍服の上着のボタンをゆっくりと外していった。
アトガキ
ふう・・・
2023/07/07 CSS書式修正
2009/03/02 初校up
管理人 芥屋 芥