SuperStrings Alchemist
55.ally toMask
「一体何が起こっているんだ」
訳の分からない報告が軍の本営に上がってくる。
「街に入った本隊が、一瞬でどこかに消えただと?」
「はい。先見隊及び一般兵で構成された隊が、街の城壁を抜けた瞬間どこかに消えてしまった、外から見ていた兵達からの報告です」
と、本営付きの兵士が報告を揚げてくる。
「そんな、バカな」
信じられないといった様子で呟いた中将に向け、男が確認するように言った。
「バカでも何でも、中将殿はお忘れではありませんかな。彼が、いまやその資格を失ったとしていたとしても、国家錬金術師の資格を持っていることを」
そうなのだ。
造反したように見える彼は、まがいなりにも並の錬金術師達より高い技術を要求される国家錬金術師なのだ。
しかも彼はその中にあって、今の錬金術師達が例え全員集まったとしても導き出せないようなものを抱えた人間なのだ。
おまけに今やあの街は彼の術式の中にある。何が起こっても不思議ではない。
むしろ殺されなかったことを喜ぶべきなのだ。彼らは。

そうか。
その錬成陣が例え仮初でも血と肉で出来たモノだとしても、己の手に渡っている以上はソレで殺しは行わない、そんな意思をその報告から受け取れるのだがな。=少佐。
お前の行っていることは、単なる偽善。それとも本気で力の使い方を我々が望む物とは逆にするつもりなのか。
とにかく、例えどんな形であれ人では勝負ならなかったか。
「では、国家錬金術師達の投入を」
「了解しました」
一気に投入しなかったのは、一般兵を犠牲にするため……もあったが、まず軍のセオリーをここで間違うわけにはいかなかったからだ。
まだ自分には彼らを利用せねばならぬから、ここでボロを出すわけには行かなかった。
しかし、その国家錬金術師にしても、あの圧倒的な力の前に、どこまで使えるかは未知数。
そもそも、彼らでさえ中に入れるのかさえ疑問だった。
ならば、早めに呼んでおくか。
と、先ほどの中将が出て行ってしばらくしてから、簡易で建てられた本営の部屋で一人完全に独りになったことを確認して、男がソッとその目に手を当ててから口を開き彼らを呼んだ。
「エンヴィ、ラスト、グラトニー」
男が声をかけると、影が動きそれが少しずつ人影を模していき、複数の誰かが現れた。
一人は妖艶な女、一人は食べ物をその手に握ったまま離さず常に何かを食べている大男。そして最後は……
だが、そんなことはお構いなしと言った様子で妖艶な女が用件を聞いた。
「なぁに?」
「ラスト、そろそろあの街に入る準備を」
「ネェ……ラース。あの男、食っていい?」
女が男に了承の言葉を言う前に、常に何かを食べている男が聞く。
「グラトニー、それはダメだ。あの男は最後まで食ってはダメだ。それにしてもエンヴィー、その格好は止めないか」
と、いつもは必ず最初にふざけたことを言ってくる最後の彼エンヴィーに、彼が選んでいる姿をラースは注意する。
「どうしてだよ」
「貴様、その格好でウロウロしていると他の兵や錬金術師達に襲撃されるぞ」
冗談ではないラースの言葉に、エンヴィーは肩をすくめて答える。
「この格好、やっぱりダメだったか。それにしてもかぁ。ボクはあんまり乗り気じゃないんだよねぇ」
とボヤクと、現れたときに選んだの姿から彼が一番気に入っている姿へと一瞬で変わる。
「でも、やっぱりボクはこの格好が一番好きかな。うん。まぁ、も好きだけどね」
彼への好意めいた思いを隠さずにエンヴィーが言うと
「ならば降りても構わないんだぞ」
まるで、捨てきるようにエンヴィーを睨んで言うラースに彼は反論する。
「やるよ。分かってるよ」
と。
「国家錬金術師達がもし使いものにならなくなったときは、分かっているな」
最後に確認すると、三人はそれぞれ頷く。
「分かってるわよ」
「他の奴なら、食べていいよね」
「はーいはいっと」
そしてまた、彼らは闇に消えていった。
その闇に向かって、残ったラースが声をかける。
「街に入る際は気をつけろ。呑まれると、どこに飛ばされるか分からんぞ」





「ここは一体……」
セントラルの外れにある街に、次々と飛ばされて出てきた一般兵たちは混乱していた。
確かに自分たちはあの街の城壁を抜けたはずなのに、一瞬の後には見慣れたセントラルの街並みが見える場所に立たされている。
そして周囲を改めて見回してみると、そこは最初自分たちが集められた軍の演習場だった。
ここから出発したのだ。自分たちが。
何日もかけてあの街に向けて歩き、やっとの思いで作戦が実行された。
なのに、それを一瞬で無かったことにされてしまった。
これが、国家錬金術師の力か。
「誰か、セントラルの軍令部に行って状況の説明と指令を貰って来い」
「は、ハイ!」
今の自分たちにできることは、この状況の打破とこれ以上の混乱を避けることだけだ。
「各隊の隊長」
兵の中の一人の男が、各部隊の隊長を集める。
「はい、大隊長。何でしょう」
集まった隊長数名が、彼の前に集まった。
「各隊長に告ぐ。これ以上あの街からここに兵が現れるのであれば、今この状況を説明しろ。これ以上の混乱は避けねばらなん」
「は!」
仮にも軍だ。
統率は取れている。
現に、現場では既にテントの準備が始められている。
その中に機材を運び入れていた通信兵達の会話を、男が耳にする。
「俺たちが数日かけて移動した時間は、一体なんだったのでしょうね」
と、虚しさを前面に出した声音で一人の男が恐らく上官だろう男に聞いている。
「あの少佐さ。剥奪されたとは言え国家錬金術師の資格を持っているんだろう。言うじゃねぇか。国家錬金術師は人間兵器。化け物だって。そんな連中の戦いに俺たち一般兵が入り込めるような隙間はねぇよ」
「なら、どうして生きてるんですかね。俺たち」 「さぁな。そんなことを考えている暇があったら、作業サボるな!」 ゴツンッ!
と、上官が部下の頭を小突き、小突かれた部下は「アデッ。イッタイなぁ、もう!」などと言って不満を洩らしている。 彼らは気付かなかったが、その言葉を聞いて、大隊長と呼ばれた男は気付いた。
あの時も、確か彼らが投入されたはずだ。
あの、大量殺戮と呼ぶことを軍が禁止したあの『戦争』
イシュヴァール掃討作戦。
あの時は一般兵すら国家錬金術師に殺されたと聞く。
そして今はそんな国家錬金術師同士の戦いで、自分たちが入り込めるような隙は……
ならば何故自分は生きているのだろう。
国家錬金術師達は過去、一般兵を巻き込んだ戦い方をした。
そして、今はそんな連中同士の戦いなんだぞ?
生きている方が……
まさか!
男は気付く。
そんな連中に巻き込まれでもしたら、自分たちの命が無い。
なのに今正に自分たちは生きている。

もしかして、生かされたのか?
そんな……まさかな。

自分で考え出した結論を自ら否定した大隊長は自分がセントラルに行くように命令した部下の帰りをただ、待つしかなかった。





空間から出てきたイズミは、早速上を見上げて状況を確認する。
どうやら一般兵のこの街への行進は止まったようだった。
そろそろ……か。
空を見上げてイズミは見当をつけた。
今の自分でも、街を覆う巨大な力の流れが少し見える。
そして、その力の向こうに見えた空は青くて何故か泣きそうになった。
がいつもこの空を見るのは、変わっていないことを確認するため。
死んでまた戻ってくるとは、果たしてどういう気持ちなのだろう。
10歳を二度経験すれば、それぞれの経験した記憶が戻ってくる気持ちは一体どんなものなのか。
想像も付かないわね。だって私達人間は、一度経験すれば直ぐに過ぎていくものだから。
でも彼は違う。
「もう、何回この年齢を経験したのか、分かりません。覚えていないのです」
覚えてない程の昔。最も古い記憶は、瓦礫の山のものだったと彼は言った。
「でも、最初の人生だけは他の人生より少しだけ鮮明に覚えているんです。それもまた、とても曖昧なものなのですがね」
10歳前後の少年の言葉とは思えないほど、彼は大人で。
そう言った時も、空を見上げていたっけ。
何故空を見上げるのかを問うと、こう答えが返ってきた。
「そこにいつもあって、記憶と何ら変わらない空を見ているということを実感するため……ですかね」
と。
でも私はそれだけじゃないと思うな。
と告げると、彼は空から私に視線を移して聞いた。
「じゃぁ、一体何があるんですか?」
と。
「空気も、風も水も変わらないものよ。何より、あなたと私が今立っている大地は、見てくれが変わっていたとしても、必ずそこにあるでしょ?」
そう言うと、彼のその無表情な顔が僅かに揺らいだのが印象的で。
「それに。少しは10歳なら10歳らしく振舞いなさい。なんだか貴方を見てると、こっちが痛痛しくなってくるわ」
と、さらにその顔に感情を戻そうとして、最後は冗談めかして言うと彼は僅かにその目を見開いてとても驚いた様子を見せて、言った。
「それも……そうですね」
と。
そんな彼の気持ちが分かるといえば、それは嘘になる。
だけど、分からないからこそ、私達は誰も彼を責められない。
ただ、黙ることだけ。
それにしても、本当に彼はこっちに入ってくる国家錬金術師達を回してくるのだろうかという心配をイズミはする。
あぁ言って提案をし、ここに送り込んでもらったけれど下手をすれば自分のところだけ敵が回ってこないっていうことになりかねないのだけれど……
そんなことを考えているイズミの表情は、思いとは裏腹に慈悲に満ちた笑顔だった。
ありえない。
は、彼は必ず私の提案通りにするわ。
そんな確信めいた思いがイズミの頭をよぎる。
と同時に、確信した。
ホラ……ね。
アトガキ
ふう・・・
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管理人 芥屋 芥