SuperStrings Alchemist
54.Her's thought
街は巨大な実験施設。
小さなものに巨大な力をぶつけるために作られた施設。
そのことに気付いたのは、ここに戻ってきたとき。
そして決定的だったのがイズミさんが立体化させた地図を見たときだった。
『準備は、できているのか?』
あの時以来、ずっと自分の味方だった人の声が問い掛ける。
あなたがそんな体になったのは、元はと言えば……
でも、そこを責めるのはもう止そう。
そう決めたじゃないか。
それにあの時とは全く関係ない時代なくせに変に状況だけは似ている今だって、彼らから力を受け取った時点で自分も同罪なのだから、そこを自分がどうこう言うなんて間違ってるだろう?
そう考えながら、が声に答えを出す。
「えぇ。しかし、これ以上この街の人たちに犠牲と苦痛を強いる権利は俺にはありません。俺は、この街の人たちを完全に戻すつもりです」
堅い意思を秘めた声音で が声を発し、その言葉を聞いた彼はとても驚いたようだった。
『戻すって、お前……』
「死に、死は訪れない。死の死を彼らが、この街の人たちが迎えるのは何か間違ってる。そんな気がしませんか。こんな、こんな下らない実験のために……」
確かに、今まで出合った人達の全てが『いい人』とは思わない。現に昨日もそんな人間を黙らせてきたところだけど、やはり違う。彼らに、仮の死から本当の死を求めるのは、やはり違うのではないのか?
そんな自問がの頭の中をグルグルと回っている。
この街は今、仮定の式の上に彼ら住民の死が成り立っている。ならばこれを『真』の式に置き換えたときが勝負だろう。
その時こそ、自分の錬金術で『偽』の式に転移させることはできないだろうか。
鏡像相転移を使って、全く別の形に造り変えることはできないだろうか。
まるで粘土細工のように、力を変化させることはできないだろうか。
それを行うのに十分な力が、この地に溜まって居ないだろうか。
そんな仮定の考えがの頭を駆け巡る。
一度始まってしまえば、術と式の発動は止められない。始まる前に、あらゆることを想定しておかないと……
それに、これ以上人を巻き込みたくない。そんな思いも、まだ自分の中に微かに残ってる。







いつも、自分の回りには死があった。決して終われない人生。
この魂は必ずこの世界に戻ってくることを知る者は、この魂に終わりがないことを知る者は、どこで噂を伝説を聞きつけたのか。
生きていた飛び飛びの時代の中でもやはり存在していた。
そんな連中に、自分が何者かを知る前に殺されたこともある。
もちろん抵抗をしたこともある。
周囲の人を、巻き込んで……
だから、もう、嫌なんだ。
グシャリと、イズミが立体化させた地図がテーブルの上でまるで魔法のように何もない空間にクルクルと巻き付いて行く。
その様子を、彼を呼びにきたエルリック兄弟が見てしまった。


過ぎた科学は、まるで魔法のように見える。とは良く言ったもので、のソレはまさにその言葉通りの代物だった。
というよりここに来てからというもの、彼の錬金術に驚かされっぱなしな感は否めないが、それでも今目の前で起こっていることは今まで以上に、異様だった。
だけれども、彼の錬金術が今異様な印象をもったとしても、考えてみれば最初から異様じゃないか。
このボロボロの屋敷の中の菜園と言い、水一つで師匠の体の中を戻したことと言い……まるで一から全のみを生み出しているようにも見える彼のそれ。
一瞬の静寂の後、空気を一掃するかのようにアルが聞いた。
さんは、等価交換、してないんですか?」
と。
その質問は、まるで兄の心を読んだかのようで、弟のアルフォンス・エルリックが少佐に聞いていた。
「してるよ。だけど、空間にある力があまりに巨大だから、目に見えるところで起こってることに、一から全を生み出しているように見えるだけだよ」
さっきまでの、殺意とも何かとも取れる『気』を隠して、少佐がアルの質問に答える。
つまり、それ以外の目に見えないところではちゃんと法則に法ってるってことか。
そう言えば、大佐が開放率とか何とか言っていたっけ。
それに関係するのか?
「君達は、一には一の交換、二には二の交換だろうけれど、俺の行う錬金術は1には2を、2には6を、なんだ」
その次元でしか、弦が存在し得ないから。
そしてそれは、とある図形で表現できる次元なのだが、悲しいかなここで表現できるのは最大でも『3』だけだ。
「じゃぁ、3には10ですか?」
『足し』の法則に法ると答えはそうなるが、やはり答えは違ったようで彼は首を横に振って答えた。
「残念。3には12」
「そして4には24か25……よね、
次の答えを、いつの間に居たのかイズミがドアのところから続きを言って、がそれに対して肯定の意味で頷いている。
だけど、なんで答えが『or』?
『掛け』の法則で、そんな「もしくは」なんてあったっけ?
だけどそんな法則をどうして少佐が知ってる?
そんな疑問を感じたのか、イズミが言った。
はね、空間の間に潜む力を交換して使ってるのよ。とは言っても。それはスゴク小さくて目には絶対に見えなくて、だけどその力を取り出すことで、私達では考えられないほどの小さな力で、等価交換が出来てしまう。それが、彼の錬金術なのよ」
「イズミさん、それはちょっといくら何でも説明が乱暴……」
そう言いかけたにイズミがニコリと
「何かしら?」
と笑いかけて半ば……
「い、いえ。何でもありません」
これにはが降りるほかない。
こういう場面のとき、いつも思うことがある。
この女性には、自分に次の人生があっても、そのときもきっと敵わない。
と。


「さて、一般兵には相転移でどこか別の街に言ってもらうとして、すぐに来ますよ。国家錬金術師がね」
話を変えるようにして、座っていた椅子から立ち上がってが言う。
。その国家錬金術師の連中のことだけれど、一箇所に集めてほしいの」
扉のところに歩いてきた彼にそう提案したのはイズミだった。
「「師匠?!」」
「イズミさん?」
驚いたのはエルリック兄弟だけではない。提案を受けたもまた、驚いている。
「あんたは、これから何かと忙しいでしょ。だから入ってくる国家錬金術師達の相手は私に任せて。それに体も、一時的にだけど戻してもらったし」
二コリと笑って平然と無茶を言う彼女の言葉から、あの水を飲んだ意図が読めた気がした。
つまり、あの水の助けを受けたときからこの提案のことを考えていたのだろうか。
しかしその疑問の完全なる回答を、彼女から貰うことはなかった。
「師……師匠、その、大丈……」
「ん?何かな。エドワード?」
顔は笑顔のままギロリと睨んで、心配の言葉を発しようとしたエドをイズミが見る。
この人の強さは十二分に分かっている。まだ自分たちじゃ全然敵わないってことも。
だけど、今は違う。
今、彼女が一人で対峙すると言った連中は紛いなりも、いや、ちゃんとした国家錬金術師なのだ。
心配するなと言うほうがオカシイじゃないか。
いくらあの水で一時的に全快しているから……って。あれ?
ってことは……あの水で、一時的にだけど俺たちの体も戻せるってことじゃないか。
あぁでもソレはダメだ。
もしそうなれば俺は、きっと彼に依存してしまう。
失った体は、自分たちの力で取り戻そうとしてるのに、その決意が揺らいでしまう。
あぁ。そっか。
だから少佐は、俺たちに提案しなかったんだな。
決意を、揺らがせないために。
そう思った。
だけれども、師匠はそれを飲んだ。
それはきっと最初から少佐を助けるためだったんだ。
この人は、きっとどこまで行ってもこの少佐の味方なんだ。
言ってたじゃないか。
『身内』だって。少佐はそう思ってなくても、師匠(自分)はそう思ってるって。
そして一度言い出したことは、最後まで貫き通すだろうことも。
「い、いえ。何でもありません!」
そんな彼女の思いと何よりその迫力に、背筋をピンッと伸ばしてエドが答えると、彼女は満足した様子で
「そ。じゃ、。お願いね」
と、まるで彼が自分の要求を既に呑んでいるかのように言ったのだ。
「……分かりました。では、よろしくお願いします」
一瞬少佐の言葉が詰る。
それもそうだろう。全快しているとは言え、また彼女の実力を知っているとは言え、相手は……



パンッと手が胸の前で合わされ、イズミの周囲の空間が揺らいでそこから彼女の姿が消えていった。
これは分かる。
彼の、少佐の錬金術の一つだ。








視察部隊の後、一般兵による本隊が街に入った瞬間、彼らは一瞬そこがどこなのか分からなかった。
「え……ここって……」
信じられないのも無理はない。
自分たちが集合した後、何日もかけて歩いてきた行程を、あの街に入った瞬間になかったことにされたのだから。
「ここって、セントラルの外れじゃないのか?」
誰かが叫んだ。
「い……一体何がどうなってやがる!!!」
そして、次々に何もない空間からやってくる仲間に、恐怖と困惑が広がっていき、そんな兵士達の姿や様子を、街の人間はただただ驚きの目で、見つめ続けていた。
アトガキ
ふう・・・
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2009/02/22 初校up
管理人 芥屋 芥