SuperStrings Alchemist
53.Researcher
街が見える。
自分たちの命令によって発展させられ、今まさに瀕死に追い込まれている街がすぐそこにあるのがわかる。
いや、この場合は瀕死という言葉は適切ではないのかもしれない。
瀕死のように見える、巨大な実験場。実験するために計画された街。とでも言おうか。
まだにぶつけるための力が足らないようにも見えるが一度動き出した計画は止まれないもので。
今までで誤算は一つもない。
計算で出たエネルギーにはほんの少し届かなかったようだが、それでもそれに近い量の力を引き出すことができた。
それは奇跡に近いもので、歴史上初めてのこの計画はここまでは順調と呼んでも良いくらいの行程の消化率をたたき出している。
そして、その集まった力は自分たちでは扱えないことも。
それは最初から組み込まれていたもので、だからこそあのをあの街から出さないことに専念したわけだ。
あの溜まった力を長期保存しておくことは、今のこの世界の技術では難しいため彼を安定剤としてあの中に閉じ込めておく必要もあって、それが困難を予想されたのだがどうやら全ては計画どおりにことは運んだ。
地図を立体にした程度では分からない、全く違う力の存在は流石の自分たちでも扱えないことは最初から分かっている。
 
 
 
「今のところ全て順調、か」
街の出入り口を作戦どおりに行う自軍をみやって、そのトップたる総統は呟く。
順調すぎるほどに今までは事が進んだが、これからはそうも行かないだろうとも思う。
何故なら、これからの主導権は向こうに移る。
一度そうなってしまえばこちらに引き戻すのは困難になることは分かっている。
それは、あの力の制御をこちらが行えないからで、それは向こうも分かっていることだろうと彼は思った。
おまけに引き渡したその力は、少佐にとっても都合の良いものになるだろう。
だが、そうそう諦めるわけには当然ゆかぬ。
こちらとて、引き渡した力を彼の好き勝手に使わせるわけにはいかない。
だから引き渡した力を、最良のタイミングでこちらの都合のよい方向に持っていく。
そのためにこの軍があり、また、その先にある目的のために集めた力なのだから。
これは力の取り合いのための戦いか?
否。
これは、力の方向性を定めるための戦い。
最初からこの時のために軍を動かし、街を恐怖に陥れて力を溜めさせた。
そしてその中心に少佐を据え、彼が力の制御を手放した瞬間を狙って方向をずらして彼の中にある物を……
ギリギリの動きだが、その力は時が過ぎれば過ぎるほど巨大になる一方、不安定にもなっていく。
また、それの力の方向性をずらすのだって、タイミングを逃せばこの軍力では追いつかないほどところまで跳ね上がってしまうだろうからその見極めはとても大事だな。
と、その眼帯に手を伸ばした。
 
 
 
「錬金術師は、最初は投入しないそうだ」
ある一人の錬金術師が軍から降りた命令をそこに手持ち無沙汰に時間が空いていた仲間に伝えに回っている。
「なんだよ、ツマラネェなぁ。軍は一体何をやってんだ?」
と、話を聞いた錬金術師達が不満を洩らす。
「ケッ。やる気出ねぇなぁオイ」
次々漏れる不満すら、力に変わる。
彼らが錬金術を使えば尚、蓄積されていく。
だからこそ、最終的に使うのだ。
そんな笑ってしまうような状況をひた隠しに隠して、男が言った。
「案ずることはない。すぐに戦闘に参加することになるだろう。その時は、頑張ってくれたまえよ」
まさかこんなところにいるとは想像しなかった人物の言葉に、その場の空気が凍りつく。
「……は、はい!」
ようやく解けて返事をした頃には既にその人物はそこから去っていくところで、その背中にある違和感を感じた者はその場にいた錬金術師達の中では誰一人としていなかった。
「では、街の主要な出入り口に展開して最初は偵察隊を。そしてその次に本隊を中に入れます。セオリーどおりに行えば、あの街を落すのは簡単でしょう。何せ、国家錬金術師とは確認されているのはたったの『二人』ですからな」
ガサリと上がってきた報告書を読み終えて、簡易テーブルにそれを投げ出した男が両手を顔の前で組みながら言う。
『二人』……か。まぁ、軍部がその正確な人数を把握していないのもムリはない。
エルリック兄弟の弟の方とあの女は国家錬金術師ではないし、あの東の大佐は最初から数に入っていないのだから。
ならば、軍が把握できる人数は二人となる。
=少佐と、エドワード・エルリックの二人だ。
とは言え事実は違うのだ、が敢えて男は真実を伝えることはしなかった。
その方が面白いではないか。
実験には不確定要素は必要で、でなければ面白くない。
その上で成功した者が賞賛されるのが錬金術師の、いや『科学』の世界なのだから。
そして、すぐに歩兵はつかえなくなるということも。
男は、分かっていていて敢えて伝えなかった。
 
 
あの少佐は自分に力が譲られた瞬間、あの街に細工をしただろうことは想像に難くない。
あれだけの力の渦を一瞬でその錬金術で変化させるほどの、錬金術師としての力はあの最初に国家錬金術師の試験を受けたときからもはや『魔法』の域だった。
そして『父』は、ようやく見つけたと言ったのだ。
彼を。いや、得体のしれないその存在を。
そしてその正体を聞かされたときの衝撃は、未だによく覚えている。


この世界を越えたところからやってきたその魂に、この世界で錬成された体を使って造られた『人間』
アレを人と呼べるなら……だがな。


「それでは、総統閣下。出撃命令を」
ガタリという音と共に、軍参謀が助役が書記官が次々に立ち上がる。
闘いたくて仕方がないのだ。
コイツラは。
だが、それでいい。
余った力はあの街に溜められていく。
消費される力は、巨大であればあるほどいい。


だから男は見逃していた。
それは、さきほど男自身が考えていたではないか。
巨大であればあるほど、不安定にもなっていく。と。
だが男がその考えに引っ掛かることはなかった。
この時立ち戻って考えていれば、きっと結果は違ったものになっていたに違いない。
だが男は考えなかった。
全ては順調だったから。
順調ということは、全ての行程は消化された後なのだ。
だから今更立ち戻る必要はないと、男は判断した。
自分たちが考えられないところに流れている力の存在に気をつけろ。
という父の忠告をもう一度思い返してれば、きっと違う結果になっていただろう。
そのことに、この男は最後まで気付くことはなかった。
「これは追加だが、錬金術師たちにも直ぐに出られるよう下令を。では、作戦開始」
 
 
 
 
 
 
「これ以上は誰も、誰も死なせません。これからこの街で、この戦闘のために亡くなる人は誰一人出さない。誰も、誰一人、こんな『実験』で犠牲になる必要なんかない!」
グシャッという音を立てて、イズミが立体化させた地図が空間に巻き付いて行く。
その様子を、信じられないといった驚きと悲しみ瞳がジッと見つめていた。
アトガキ
ふう・・・
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2009/02/19 初校up
管理人 芥屋 芥