SuperStrings Alchemist
52.dim Wish
軍靴の音が遠くで響く。
銃撃の鉄の音が微かに届く。
一晩、どこで眠っていたのか分からないが、夜明け前に、彼は動き出していた。
 
 
「さよならだ。エルリック兄弟、大佐、中尉……イズミさん」
全て揃った。
だからここから先はもう彼らには関係がないし、これ以上は巻き込めない。
だから窓を開け、白くなっていく空を見上げ虚空に向けて手をかざした瞬間だった。
「ダメよ。あんただけに背負わせないんだからね」
後ろから声がして振り向くと、そこに立っていたのは予想通りの人だった。
「イズミさん……」
ドアの前に腕を胸の前で組んで仁王立ちをしてを厳しい目で見つめている。
「ダメよ。これだけ関わっておいて、今更あんただけに背負わせるわけにはいかないの」
表情同様に厳しい声音のイズミをは黙って見つめている。
「だから一人で動くのは辞めなさい。それに。それ、気を使ってるように見えて全然間違ってるんだからね。そう思うでしょ?」
言葉の最後で後ろのドアを開けると、彼らがそこに立っていた。
「エルリック兄弟……それに大佐まで……」
当然その後ろには中尉が立っていたが、そこは触れずにが言う。
「……変な気遣いは無用。そう仰りたいのですか?」
「ま、そういうこと」
「ですがこれからは本当に……」
言いたいことが分かったのか、イズミは最後まで言葉を言わせなかった。
「覚悟済みよ。じゃなきゃここに残ってる意味がなくなっちゃうじゃない。それに、あんたも私達を街の外に出さなかったし。お互い様でしょ?」
二コリと笑って紡がれた言葉に、の表情は硬くなる。
そうなのだ。
ここの連れて来たときに使った錬金術で、そのまま街の外に出せばよかったのだ。
だけど彼はそうしなかったから、そこを突かれると言葉に詰まる。
「……分かりました」
了承というより、押し切られた形でが顔を上げて承諾の答えを述べたとき、後ろの窓から光りが射した。
それが眩しかったのか、イズミが組んでいた腕を解いて光に手をかざして入ってきた光から眼を守るその奥の表情が驚きに変わったのだが、彼女が驚いたことに気付く人間は、この時誰もいなかった。
 
 
 
「あーあ。今日の昼辺りは混戦かしらね」
朝日が昇りきり、窓から直射日光が射さなくなった部屋でイズミが、ここに来た時に最初に錬成したテーブルの上にが錬成した野菜に手を伸ばしつつ言葉をこぼす。
「あ、それはないと思いますよ。柱が膜を貼って振動しているこの街の内側には一般の兵士は入り込めないようにしましたから。ま、入り込めるのは彼らがその軍隊の中に紛れ込ませているホムルンクルスか、力のある錬金術師くらいでしょうね」
答えたにイズミが驚いた様子で聞きかえす。
「あんたいつの間に?」
「ちょっと昨日。街の端に行って少し細工をね」
二コリと笑ってイズミに答えると、その言葉に頷いたのはエドで、その意味を汲み取ったアルが請け負って言う。
「つまり、力がなければこの街に入り込むことはない。言い換えれば、力があるからこそ厄介な人たちが入り込んでくる。そういうことですね」
その言葉に部屋の空気が重くなる。
一般兵については、いくら数がいようが大した戦力にはならない。
もちろん彼らが全く役に立たないのかという訳ではない。
あくまで一般兵のみの戦闘と錬金術師が混じった戦闘では明らかに違うということの話であって、元から土俵が違うと言ってもいい。
だから下手に一般兵が混じるよりも、巨大な戦力である錬金術師のみがこの街に入れるのならそれに越したことはない。
越したことはないのだが、今回の場合はあまりにも戦力差がありすぎる。
これではこちらがジリ貧だ。
それを感じて部屋の空気が重くなったのだが、そんな中にあってロイ・マスタング大佐とリザ・ホークアイ中尉だけが話に入り込んでくることはなく、昨日イズミが立体化させた地図をジッと見てなにやら考えている様子だった。
「大佐?」
がそんな彼に問い掛けると、そんなことはお構いなしに顔を上げて質問してきた。
。一つ聞きたいのだが、今向かってる彼らの、『上』の目的はここだな」
確信に満ちた声に、は頷いて答えた。
「そうです。そのために彼らはこの計画を進めてきたんです。この街の発展も、そして今回の人の犠牲も。全てはそこで俺に力をぶつけるための布石です」
その言葉に思い当たることがあったのか、イズミが顔を上げて聞いた。
「力をぶつけるって……」
驚いた様子で言葉を詰らせたイズミに、はただ黙って頷きで肯定する。
「少佐……それって……」
信じられないといった声音でエドがいうが、今度はそれには頷かずには言った。
「そういうことです。全てはここで俺の中にある石を引きずり出して取り出すための下準備です。けれど、最後の最後で彼らは一つ失敗した。それは、巨大になりすぎた力のコントロールが彼らには出来ないってことです」
そこで言葉を切ると、窓の外を見ては続きを言う。
「純然たる巨大な力の扱いは慎重に行わないと、一歩間違えれば破壊を生むことになる。昔の俺が、いや、ここに来る前の『俺』が間違えたようにね」
だからエンヴィーは道化に徹して計画の中段を引き受け、そしてそれを見事に成功させた。
そこまでは良かった。
だが、この不安定になった力を扱いきれなかったのは向こうの誤算か、それとも織り込み済みなのか。
そこまでは、流石のも判断がつかなかったけれど。
 
 
 
 
今度は間違えない。
あの、自分の時間軸上に発生した道にあって、あの一番端で切れている過去の先に今度こそ足を踏み入れたいから。
時折その先から光りが射してくるけど、まだ詳しくは分からない。
それに真理の扉の向こうにしたって、長時間の滞在が出来るわけじゃないし。
今度こそ、間違えない。
だから、俺を向こうが最終段階になって計画に盛り込んだように、俺も……
やられたらやり返せとまでは言わない。
だけど、今度こそ、自分の過去と記憶を取り戻したい。
もう、千年に近い年月を過ぎても尚生きているこんな俺にだって、戻りたいっていう思いは、例え心が擦り切れdていようとも、それでも微かに残っているのだから。
アトガキ
ふう・・・
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2009/02/05 初校up
管理人 芥屋 芥