SuperStrings Alchemist
51.Simple Example
理解できない光景が、彼女の前に広がっていた。
男はまるでその場に円を描くように歩いたかと思うと、やがて元の場所に戻り、ゆっくりとその手を空間にかざして、何かを、造った。
ように、彼女には見えたけれど、それが一体何だったのかは彼女には分からなかった。
なぜなら男は空を見上げて、だけどそこには何もなかったのに、まるで、何かがそこにあるかのように、その空間を見上げているから。
その目には何の感情もなくて、ただ、無表情のまま、空の一点を見つめている。
その目の余りの感情の無さに、女は背中から鳥肌が立つのをハッキリと感じ取った。


その目を、見てはだめ。

心のどこかが忠告・・・ではなく、警告する。

その目は、人が持ちうる瞳じゃない。

ダメよ。だめよ。ダメ・・・

警告が大きくなっていく。

怖い。怖い。コワイ・・・コワイ・・・コワイ・・・コワイ・・・コワイコワイコワイコワイコワイ・・・コワ・・・

ザッ
 
 
 
 
 
そこで彼女の意識は、一瞬、途切れた。




 
 
 
 
 
流れの中の力を使っているから、外にそれが漏れることはない。
大量に滞った無駄な力と、新たに発生し続ける無駄な力を一切合切リセットするには、こうするしかない。
これで、儂らも解放されるか。
そう思い、影に立つ住人は空を見上げる。

お前がそれを望むのなら、儂らはもう、何も言うまい。
踊りつづけた年月は、もう既に昔。
一向に戻らない記憶を探し歩いて、すでにその希望もない。
その代わりに掴んだものは、人の汚さ。
その代わりに届いたものは、人の愚かさ。
希望もないまま歩きつづけ、絶望は既に逃げ出した。
残った、ほんの僅かだけ残った感情で生き続けても、未だに『生』から解放されないまま、そこに存在(い)る。
お前が望むのは、己の終焉か。
しかし、お前の終焉は、まだまだ先だ、
 
 
 
 
ロイの目をもってしても、ぼやけて見える二本の柱が、街の端と端に大きく立っている。
『あれは一体なんだ?』
と、隣に立つ目の見えぬ老人が、どうやらそれがハッキリと見えているらしく、驚いた様子で見上げていった。
それに答えることもせず、ロイはリザに
「行くぞ」
と言うと、その場から立ち去っていく。
向かった先は、先ほど彼が自分たちを連れてきた教会施設だが、その戻るまでの間、二人の間に会話は一切、なかった。
 
 
 
 
静まり返ったその場所で、先ほどの彼がソレを見上げる。
「うわぁ・・・デカ・・・」
思わず洩らした感想は、至って普通のありきたりなものだったが、クルリと身体を回転させて振り向くと、街の反対側にも同じようなものがもう一本立っているのを確認すると、オモシロソウに呟いた。
「本気だねぇ。彼」
と。
 
 
 
 
「明日辺りじゃないかしら」
あちこち錬成して、部屋を直していたイズミが、ポツリと呟いた。
「え?
 何が明日・・・」
アルが聞き返そうとして、目の前に立つイズミの視線の冷たさに言葉を消していく。
「そろそろ、軍人がわんさかこの街に入りそうだから、せめて・・・」
イズミの言葉がそこで止まると同時に、手を動かしゆっくりとあわせていく。
そしてそれは弟子であるエドも、同じだった。
ガチャ・・・
ドアが開いて、その向こうに見えた人物に、部屋に漂っていた緊張が緩和する。
「なんだ。大佐か」
「なんだとは失礼だな鋼の」
と切り返している大佐の後ろで、中尉が黙って扉を閉める。
そして、ロイがパチンと、指を鳴らした。
「あれ?」
炎が上がらない?
不発?・・・いや、違う。
「先に来ていた人たちは全員片付けましたから、錬成は必要ありません」
響く声に、アルがその名前を呼ぶ。
さん」
「どうも」
空間から声がして、そこに視線をやると、スッとそこから現れたは一礼すると、手短に話を切り出した。
 
 
 
 
「それにしても、随分なものを造ったな」
屋上に上がって、その階段を上がったところに座り込みボーっと空を眺めていたに、ロイがそう声をかけながら隣に座る。
そんな彼に視線を向けることもせず、ただ視線を空へと向けつづける。
「あぁ・・・やっぱり見えていたんですか」
「まぁ、ぼんやり霞みの向こうを見ているようで、目には悪いがね」
と言いつつ、視線は街の外れと外れにそれぞれ立つ、常人には見えない『何か』に向かっているのだが・・・
「あまり見ない方がいいですよ。
 アレは端ですから」
と、ここでようやくがロイに視線を向けて、忠告する。
「端ね。
 一体何の端なのかね?」
気にならないと言えば嘘になる。
は、このことは皆の前では言わなかったから。
言ったのはただ一言。
『一応、準備はしてきましたので、大丈夫です』
だけだ。
見えているのは今のところ造った本人と、己だけ。
当然、その造られた瞬間を見ていることも、恐らくの予想の中に入っているだろうと、ロイは逆の予想を立てる。
そして、こうして聞いてくることも。
「力の端・・・
 それを固定するもの。
 今この街は、ある一定の距離だけ解放された渦の中にいるので、それを固定するための、柱・・・というか、なんというか・・・
 表現が難しいんですけど、力を固定させて、振動させるためのもの・・・としか、言えないですね」
「つまり、女性とダンスするときの、リードする側の手と地面についている女性の足・・・
 と、例えればよいのかね?」
と、少し複雑な例えで答えたロイに、がクスリと笑って、
「大佐らしいですね、その答え。
 でも、もっと簡単な例え思いつかなかったんですか?
 例えば、長いものを振り回すときのその両端を持っている手・・・とか」
「あぁ。
 確かに、そちらの方が簡単だな」
そう言って、やはりこちらもクスリと笑う。
東の軍令部で仕事をよくサボっていたとき、こういう静かなところに来てボーっとしていては、直ぐにに見つかっていたが、何の事は無い。
自身もこういう場所が好きなだけなのだ。
だから、見つけやすかっただけだ。
・・・似たモノ同士・・・か。
と、少しだけ気を緩ませるが、直ぐにロイはそれを戻した。
尖兵が入ったということは、そろそろ本隊が近いということでもある。
さて、向こうがどうでるのか・・・
益々楽しくなってきたな。これは。
アトガキ
ふう・・・
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2008/05/21 初校up
管理人 芥屋 芥