SuperStrings Alchemist
31.Low Sound
目を閉じれば、そこに見えた黒い扉。
今まで見たこともないような、真っ黒な扉。
――影の扉だよ。真理の扉の下にあってずっとこの時を待っていた、影の扉。
貴様は、何物だ?!
――やだなぁブラッドレイ。忘れたの?俺だよ。
   お前がこっちに来た時、一番最初に会っただろう?
人の形を模った光の粒が、その場にいるブラッドレイに話し掛けてくる。
辺りを見回すと、既に己が居る場所は総統室などではなく、真理の扉の前にあった。
足元には、今まで見たこともない真っ黒な扉が、目の前の真理の扉と対をなすように下に伸びていた。
こんなモノは、今までになかった。
なんなのだ。あれは。
驚くブラッドレイに対し、光の人形(ヒトガタ)は告げた。


――お前等の思い通りにはならないよ。
   お前等は今、に必要以上に『余剰の力』を与えすぎているからね。



どういうことなのだ。
そう問い返す前に、世界から一気に引き戻された。





「進行するよう、そろそろ下令すべきかと」
部下が(とは言え、将軍クラスの人間)がブラッドレイに進言してくる。
目の前には、整列をなして列をなす軍人達に混じり、今回は国家錬金術師も混じっている。
何せ相手は国家錬金術師なのだ。
生半可な兵力では、恐らく太刀打ちできまい。
これは、上層部で判断されたことだ。
ブラッドレイにとっては、願ってもない判断だった。
――これだから、ヒトは面白い。
そんな暗い思いが、頭を掠める。
そして、これはブラッドレイのみが知る事実だが、ヤツは人間ですらないのだ。
兵力は、多いことに越したことはない。
と、真理の扉の前で言われた言葉を払拭するように、ブラッドレイは下令した。
「1000(ひとまるまるまる)を以って、進行開始」
 
 
 
 
 
 
なに?
その一瞬、何かが聞こえた。
なんだろう。
この地響きみたいな・・・今まで聞いたこともないような音は・・・
「ねぇ、兄さん。何か聞こえない?」
地図を持って前を歩く兄にそう聞いてみた。
「ん?
 どうした?アル」
振り返った兄さんにさっきの言葉を言ってみた。
「何かって、何が?」
「だから・・・その・・・地響きみたいな音が、さっきからどっかで響いてるみたいなんだ」
と更に詳しく説明してみた。
すると少し顔を歪めて訝しげに耳に手をやって周囲を注意深く聞いていた兄が
「何も聞こえないぞ。アル
 時間がない。急ごう」
そう結論を出した兄さんは、自分が予想した次のポイントへと急ごうとする。
「そうかなぁ・・・」
と一人ごちて、アルは兄の後を追っていった。
 
 
街は、随分ひっそりと静まり返っていた。
一時は自警団も作られ、自分達で守ろうとした動きもあった。
だが、あのパン屋のオッちゃんの事件があってからは、その自警団すらも、街から消えた。
最初は俺達に対して、街の人たちからあった注意や警告も、次第になくなっていった。
今では、あんなにあった、この街に来た頃の騒然とした生活感が、ほとんどなくなっている。
そんな中に聞こえる僅かな喧騒は、軍人達が街中を歩いてるせいだ。
「いいよな、国家錬金術師は。アイツに対抗できるだけの『力』があってよ」
なんて言ってくるヤツもいれば、
がこんなことを引き起こしているとは、俺には考えられんのだ」
と言う人もいた。
大丈夫。
まだ信じてる人たちが、この司令部の中にも居る。
それだけでも、二人は心強かった。
まだ全員が、彼を犯人だとは思ってはいないことが。
それでも、それをいつまでも信じ続けられるほど、人はそんなに強くない。
その人数が日に日に減っていくのは、目に見えて明らかだったけど。
でも、それもこれも、少佐のニセモノの所為だ!
と、未だ正体を見せない、今もどこかで街の誰かを殺害しているであろう『ソイツ』に向かって悪態をつく。
 
 
 
「兄さん。やっぱりなんか聞こえるよ」
歩みを進める毎に、その『音』が大きくなってる気がする。
「ん?聞こえるって何が。
 俺には何も聞こえないぞ?」
「兄さんには聞こえなくても、僕には聞こえるんだよ」
さっきから聞こえるんだ。
ドンッドンッという何かを叩く音が。
それに混じって、ゴォゴォという水が流れているような、そんな音が聞こえる。
「おいおいアル。大丈・・・ぶ・・」
足を止めて、兄さんが振り返る。
「アル。何が聞こえるって?」
「だから。何かを叩く音と、水がゴゥゴゥと流れてるような、そんな音だよ。
 兄さん・・・もしかして、兄さんには聞こえ・・・て・・・ない?」
二人して、同じ結論に至る。
この辺りは『兄弟』だと、本当に思う。
つまり。
自分とアルとの違い。
兄さんと違うところ。
それは、兄さんは『肉』を持っていて、僕は持っていないということ。
その話は、二人の間じゃ『タブー』だった。
僕は覚えていないけど、兄さんは全てを覚えているから。
でも・・・
何故か、『今は』そんなことは言ってられないような、その『違い』を避けて通れないような、そんな気がした。
「兄さんは、体を持ってる。
 でも、僕は持ってない」
「アル?」
急に何を言い出すのか。
そんな、咎めるような声音でエドが弟の名前を呼ぶ。
「でも・・・だからこそ、兄さんには分からないことが分かるんだ」
もう少し、前向きに考えようよ。
「アル・・・」
エドは弟の名前を呼んで、言葉を止めた。
 
 
「とりあえず、今向かってる方向に進むと音が大きくなってる。
 まるで水が何かに吸い込まれてるような、そんな音!」
二人は走りながら、言葉を交わしていた。
「分かったから!
 でも・・・なんでお前だけ・・・」
認めたくない。
でも、弟を『魂だけ』の存在にしてしまったのは、紛れも無く自分なのだ。
「体がない分、多分・・・兄さんが見た『真実の扉』に僕の方が近いからじゃない?」
と、サラリとエドが一番気にしていることをアルは言う。
でも、その声に悲しいとか、辛いとかという感情は篭ってなかった。
一瞬ゆっくりとエドは目を閉じて、再び前を見据えて走っていった。
アトガキ
身体と魂 Body and Soul・・・たしかそんな題名の歌があったような・・・
2023/07/07 CSS書式修正
2007/07/24 初校up
管理人 芥屋 芥