SuperStrings Alchemist
30.Disintegration
「では、総統。ご命令を」
整列している目の前の兵士に向かって、ブラッドレイは発令した。
 
『全軍を以って、この猟奇殺人者 少佐を捕らえるよう、命じる』
 
兵隊の士気は高かった。
南方に家族がいる者。
純粋に、今のが許せない者。
裏切り者だと罵る者。
一人一人の感情が、負の方向へと向いていた。
怒りは、人の士気を何より高まらせる。
そしてそれはうねりとなって、隊全体へと連鎖していった。
 
 
これでいい。
総統室で一人笑みを浮かべながら、ブラッドレイは窓から見える軍人達の動きをジッと見ている。
発令してから三日。
皆準備に余念がない。
戦争とは、大半が戦う前の準備から成る。
いかに相手のことを知るか。
盤上の駒と同じ。
ただ、そこに負の目的(この場合は、に対する怒り)を煽ってやれば、士気は勝手に高まっていく。
自分はそのためにエンヴィーを囮に使い、彼の姿で『殺し』をやるように命令したのだ。
計画は、順調に進んでいる。
後はこの軍隊を混乱する南方に送り込み、扉を開ける材料にしてしまえば良い。
そのために、計画をの持つあの石の解放時期と合わせたのだから。
さぁ。
向こうとこちらの世界を繋ぐ扉が開く。
その時は、
貴様には消えてもらう。
お前は、この『世界』の人間ではないのだから。
 
 
 
「完全な賢者の石があるらしい」
そう私に告げたのは、ホーエンハイムだった。
その時、私は大変驚いた。
「ほぉ。どこにあるんです?」
「ある人間・・・といっても、お前等と同じホムルンクルスだが、そいつは人の胎から生まれ、そして死ぬことができるらしいのだ」
そう言ったホーエンハイムの目は、欲望に満ちていた。
「ブラッドレイ。面白いとは思わんか?
 我々より先に完璧な賢者の石を造りだし、尚且つそれを持つ人間がこの世にいるという事実。
 そいつを炙り出せ。そして、それを私に見せろ」
ホーエンハイムの限りなく溢れる欲望が、その声からも滲み出ていた。
自分の欲望のままに実験を繰り返し、挙句我々のようなモノまで生み出した、『父』
その『父』が、欲しいと言った人間・・・いや、人であって人では無いモノ。
それが=
まさか一介の大尉だったとは、正直驚いた。
ヤツが提出した論文を見た瞬間、父が言っていたモノは『コイツだ』と確信した。
二つ名を『弦』としたのには、理由がある。
全ては振動から生まれたと、その論文には書かれてあった。
始まりと終わり。
大は小であり、小は大だと。
まるで、扉の向こうの言葉。
『全は一 一は全』と似てはいないだろうか。
そして、の経歴を調べると、途中で空白の時期があることに気がついた。
その空白前のは、錬金術など興味もない、ただの田舎の青年だったらしい。
恐らく、この頃のは軍に入ろうなどとは思ってはいなかっただろう。
田舎暮らしが性に合う、野菜を育て、歌を歌い、たまに街に出て買出しをする。
そんな青年だった。
だが、空白後のの生活は、それまでのゆっくりとした生活がまるで嘘のように、何者かに襲撃されて家を失い、往く当てをなくしたは軍部に入り、生活の基礎を手に入れる。
その時既にには錬金術師としての知識があったように見受けられる。
と、入隊前の資料の注釈欄に、そんなことが書かれてあった。
ありえない。
と、ブラッドレイは思った。
錬金術の知識は、短い期間で手に入るものではない。
これまで多くの国家錬金術師の試験を見てきたが、誰も彼もが努力し、血道を分けて作り上げたものだ。
だが、あの扉の向こうに足を踏み入れれば、話は別だ。
しかし、の体にはどこも『持っていかれた』様子は見受けられなかった。
だから、不思議に思ったのだ。
そして、ホーエンハイムから聞かされた言葉を、ブラッドレイは思い出す。
 
 
『賢者の石を持つ、人の胎から生まれるホムルンクルス』の話。
 
 
空白の期間に何があったのか。
そんなことは関係なかった。
ただ、この目で確認しなければならなかった。
が、本当に我々と同じホムルンクルスであるか否かを。
そして、それは意外な形で証明された。
あの試験の時の『反転ブラックホール』という、が作って見せたモノ。
その物体が、我々のシンボルともなっている『ウロボロス』の蛇の形に余りにも似ていたのだ。
その時確信した。
ヤツが、ホーエンハイムが語った我々とは全く異なるホムルンクルスなのだと。
 
その時、地鳴りが響いた。
まるで、世界を壊さんばかりの地響きが。
いや、これは『地鳴り』ではない!
空間が、壊れる音だ。
恐らくこれを察知できるのは、我々のみ!
あぁ。
目の前にあるのは、真理の扉か。
自分達が、昔居た場所。
だが、どこかが変だ。
ギィ・・・
そんな音が響いたかと思えば、一瞬にして空間が裂けた。
な・・・
何が起こっている。
これが・・・
これが石の崩壊なのか?
 
目の前で繰り広げられる情景に、言葉が出ない。
なんだ?
なんなのだ、コレは。
なんなのだ一体?!
アトガキ
壊れていく・・・
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2007/07/15 初校up
管理人 芥屋 芥