SuperStrings Alchemist
28.CourseEnd
今、一つの扉が開いた。
それを閉める。
また一つ開く。
また、それを閉める。
目の前には扉があって、それが開く度に閉めていく。
一度開けば、二度と開かない扉。
でも、自分の中の『物』を壊せば、破片が鍵となってそれぞれが開くであろう扉。
やがて、扉それぞれが重なって、ゆっくりと一つの形を作っていく。
ある扉はグニャリと曲がり、ある扉は真っ直ぐに変形していく。
まるで無機物から有機物へ変化したように、徐々に形を作っていった。


真理の扉。


男がそれにゆっくりと手を掛けていく。
そして、徐々に力を入れていく。
肩の傷が痛むが、それでも男は構わなかった。
この時期になると、男はいつも考える。
今、己が何を望んでいるのか。
それが分からない。
今、自分は何がしたいのか。
それも分からない。
ただ、あの日から毎日毎日が繰り返しで、終わりがない日々がこの後も続くことだけは分かっている。


推測できる明日。
予測できる未来。
次、自分が生まれる月日まで、完全に予想できる。
目覚める度に、外の景色を見るたびに思ってきた。
「あぁ、また・・・か」
と。
それを幾度となく繰り返してきた自分の人生に。
それに意味などないと、言い聞かせてきたのに・・・
記憶が戻ると同時に襲ってくる虚無感と絶望。
それに反発するのは、もう疲れた。
だから受け入れてきた。
自分の中にある底なしの闇のように。
何物も吸収しつづる、まるでブラックホールのように・・・
でも・・・
この感覚は何なんだろう。
自分自身に、イライラする。
こんなことは初めてだった。
流れていく、吸い込まれていく大量の『命』の中にこの街で見知った人たちが異様に多い気がしたときから、この胸の中に徐々に湧いてきた苛立ちは。
こんな心理状態では、壊変はできない。
だから、それを解消するために掴んだ『扉』が、あのパン屋の親父さんの物だった。
余りの偶然に、驚いた。
と同時に分かったことは、彼と対峙している自分の偽者がエンヴィーだということ。


自分が見知った人だったから・・・それもあるが、あのパン屋の親父が作るパンは、本当に美味しかったから。
次、同じ彼が生まれても、あの味は恐らく作れないだろう。
だから・・・
あの人には、死んでほしくなかったから。
血が流れる肩の痛みを抑え込んで、は扉を開けた。


開けると、いつも見えるのは光の道。
でも、その脇には無数の目、手、足が見える。
これら一つ一つが、今まで死んだ死者の残滓だ。
――・・・
珍しく呼ばれた自分の愛称に、しばらく誰のことを言っているのか分からなかった。
あぁ。
――無茶はするな。
分かってます。
暴走は、なんとかしないように制御してますから。
いい加減『コレ』の扱いくらい、慣れてますよ。
何千年付き合ってると思ってるんですか。
――だといいがね。人間の、イズミさんという女性からの伝言だ。
なんです?
――「大バカ」・・・だそうだ。
あの女性(ひと)らしい言葉だ。
――いいのか?
と、まるで許すように言った男に
構いませんよ。
あの人は、自分のやるべきことは分かってると思いますから。
――他の二人は。
そのままで。
の言葉の後、しばらく声と男の間に沈黙が漂った。
やがて声の方が
――壊変させれば、もう後は一直線だな。
と、声が確認するように言う。
えぇ。ですが、もう時期も時期ですし。
周期を向こうが押さえて、合わせてきてるんでしょうね。
だから、あんなことをやらかしている。
 
 
 
『コレ』が一度変って安定する周期は大体千年単位。
過去一度だけ人のいる街で起きてしまい、結果大惨事をもたらした。
それ以降、壊変・・・いや、崩壊は扉の向こうで行うことにしている。
その隙を狙って、彼らが動き出しているなら・・・
――。儂は・・・
「大丈夫ですよ。
 例え自分が壊れても、例え体がなくなっても。
 俺は、大丈夫ですから。ね。」
と、声に出してハッキリと笑顔で言う。
その時、彼の黒青の髪がサラリと音を立てて流れた。
この場にいるときのみなのだろう、その長くなる黒青の髪。
後ろで一つに束ねたラフな髪型になったが、彼の前に出来た道をゆっくりと歩いていく。
「四次元以上の高次元世界では、流石に体が安定を求めて元の体に戻ろうとするみたいですね。」
と、初めてここを訪れたが一番最初に自分の姿を見て呟いた言葉だ。
黒髪に少し青色が混じった黒青髪に、黒の瞳。
扉の外の世界で普段真っ黒な髪をしているから、余り見た目に落差はない。
けれども、その髪の長さは全然違うと言ってもいい。
腰のあたりまで伸びるその髪が、全く印象を変えている。
やがて、が『いつもの場所』に立ち止まった。
そこは、道の脇にいるはずの死者がすっぽりと消えている場所。
そう、それは『彼』がこの地に呼ばれた時間軸の道。
あの瞬間だけは、死者は死者にはならなかった。
だから、その道の脇には死者はいない。
そしてそこは、『』としての、道の終わり。
そこから先の過去へは、いくらであろうと、行くことは許されない。
 
 
何十回も行ってきた、いつもの作業。
でも、今回は勝手が違っていた。
今回で、終れるかもしれない。
彼は、そう思った。
それが例え願っても願っても叶えられない望みだと、本当に諦めていたにしても。
望まずにはいられない願い。
死んでも死んでも、クルクル周る自分の人生に。
体の中に巣食う、ナニモノも飲み込むほどにまで重くなった石の力に。
自分の体それ自体、石の制御盤であろうとしても、それでも尚、最後の最後に己の心の片隅に残った『  』
アトガキ
そろそろ主人公サイドです
2023/07/07 CSS書式修正
2007/07/04 初校up
管理人 芥屋 芥