SuperStrings Alchemist
23.Formless Bubble
扉を開ける。
いきなり広がる目の前の真っ白い世界と、足元に落ちる真っ黒な世界がそこに広がっている。
揺れる。揺れる。
白から黒へ。黒から白へ。
一気に揺れる。
それはまるで、谷底へ一気に突き落とされたかと思った瞬間には、空の上へと突き上げられたような、そんな上も下も左も右も感じ取れる刹那の瞬間さえない、グニャグニャとした、不安定な揺れ。
それは、ゼロと全しか無い世界。
いや、ゼロはあくまで『近似のゼロ』であり、厳密にはゼロは全く何も無い世界ではなく、また全はあくまで『近似の全』であり、全てを持っている世界ではなかった。
近似のゼロと近似の全。
何かが余り、そして一方では何かが足りない二つの世界で、何かが蠢いている。
それは、とても小さく、そしてグニャグニャとした無形のものが、いや『無形に見える小さな物』が、そこかしこに生まれては、消えている。
その中で生まれた、無数の無形の物の中から一つ、無造作に掴んだのは男の手。
そして男はその手に力を込めて、その掴んだ無形の物をグイッと引き伸ばし、膜を創った。
 
 
 
 
 
 
地図を広げて、印を付けていく。
最初はバラバラだったその印が、ようやく少しずつだったが、その姿を表し始めていた。
「これは・・・」
そう呟くと、男はその部屋から静かに出て行った。
 
 
 
 
 
 
「た・・・助けてくれ・・・」
小さな、だが確実に助けを求める声が聞こえる。
その声を聞いて、男が走った。
慌てて、その後ろにいる女も走る。
路地裏に通じる煉瓦造りの家の角を曲がるとそこには、今は使われていない用水路の側溝が伸びていて腐った水の、澱んだ空気に包まれていた。
そして声がした方へと男が視線をやると、恐らく全身血だらけなのだろう黒いモノ・・・人だと思われる者が蹲っていた。
「おい、大丈夫か!」
それは、確認というよりも『大丈夫であってくれ』という願いの方が強いような声音。
もうこれ以上・・・あいつに流れ込ませるな・・・
これ以上の『力』を命をあいつに入れさせると、その『生』はどんどん延びていく。
ただでさえ、未だに消化しきれていない残った力があるとあいつ自身が言っているのに、もうこれ以上力をそこに放り込めば、あいつの中にあるモノが耐えられるかどうかは分からない。


いつ限界がくるのか、いつ暴走するのか、それも分からない。
あいつはこの世界で、何度生まれても、何度死んでも、真の意味で死ねない。
だけどあいつは神じゃない。また化け物でもない。
鋼のが言った通りの、一人のただの人間だ。
そんな人間を真に死ねなくしたら、自分ならば発狂してしまいかねないだろう。
殺してくれと誰かに頼むだろう。
だが、あいつが抱える物がそれを許さない。
流れ込んできた、余った力を変換して自分の物にして次へ繋げる糧にする。
ウロボロスの話。
最終的には自分の体を食べて、消滅する。
しかしあいつにはそれが無い。

自分よりも、遥かに生きている人間。
そして、その人生において年齢と共に戻るそれぞれ違う時代のその瞬間の記憶。
例えば、あいつにとっての十歳はこの世界で『繰り返した人生の回数分』の十歳の記憶が戻ると聞いた。
繰り返す人生、繰り返す生と死。だが、決して同じではない時代と場所。
それがどれほどの苦痛なのか、俺には分からん。
だから、もうこれ以上・・・

バシャバシャバシャ
水の跳ねる音をさせて、男がそこに居た者に腕を伸ばす。
だが、その手は途中で止められた。
追いついた女が、男に声を掛ける。
「大佐」
だが、男はそれには答えず、何かを堪えたような表情で
「また・・・あいつの中に流れ込むのか・・・」
と、言った。

重い空気が、流れない濁り水と重なって更に重くなっている。
また、ここで人が死んだ。
それは、彼がこの惨劇が始まってしばらくしてから付けてきた地図上の印に、また一つ点が増えたことを意味する。
今回は裏をかかれてしまった。
街のポイントポイントで点が集中しているのを見たとき、そして、その時間がある一定の流れであることを見たとき、次の惨劇が起こる場所を予想したつもりだった。
なのに今この場所はその地点とは逆になっている。
その場所に行くための通り道から、少し外れた場所。
予想とは想像とは全く違うところで起きた、新たな大量の殺人。
恐らく、騒ぎ始まっても身を隠す場所すらない人たちの・・・

男が立つと、ドサリという音をさせて『物』に戻ってしまった哀れな人間だったものがすべり落ち、澱んだ側溝へと最後の残滓を流していった。
「大・・・」
女が声を上げるのを待っていたかのように、しかしそれを遮る形で男が言う。
「空は、抜けるような青空なのにな・・・」
この地・・・いや、この街だけが、こんなにも暗い。




=少佐。
 彼が消えてから、南の方で騒ぎが起きているようで、只今調査をしております」
「調査などで解決できる問題か?あそこから出る唯一の手段である鉄道は真っ先に破壊され、山岳とその裾野に広がる土地の低さ、おまけに河川の関係で行けば最後、戻れぬ地形ではないか。
 しかもヤツは国家錬金術師の資格を持っているのだぞ?調査などで済めばこのような苦労はせんわ!」
と息を巻く少将が言う。
「まぁまぁ、少将。そう息を巻くな。
 今更我々が国家錬金術師の資格を少佐から剥奪したところで、それに匹敵する力を持つことは明白だ。
 彼の少佐が消息を絶った直後に起こった恐らく彼によるだろうと思われる大量殺戮。
 南の軍令部の少佐としての責任ある立場。
 何より彼が国家錬金術師であるということ。
 それらを鑑みて、私は、南方司令部に軍の正式な派遣を要請したい」
 
 
 
 
「やった。とうとう、上が動いてくれたぞ」
南の軍令部にその報せが届いたのは、明けて翌日のことだった。
連日の緊張からか、兵には疲れの色が隠せないが、それでも援軍が来るという情報に顔には安堵と希望の色が浮かんでいる。
「本日付で、=少佐の軍籍を剥奪し、国家反逆罪及び大量殺人罪の大罪で・・・」
届いた伝達内容を読み上げる兵士をチラリと見て、男と女が充てられた部屋へと向かう。
「大佐、とうとう・・・」
「あぁ。どうやら、セントラルが動くようだな。ま、軍・民合わせてこの三日で約三分の一街から消えたんだ。そうならない方が可笑しい。違うか?中尉」
「えぇ。でしょうね」
淡々と受け答えをするリザだったが、その実あまり冷静ではなかった。
大佐は今、恐らくあの人の無実を証明するために動いている。
しかしそれは・・・
「心配するな中尉。私は上手くやるよ。」
見透かしたようなロイの言葉。
「ならば、構いません」
「だが、国家錬金術師の反乱行為は大罪になる。責任は免れん。
 が今どこに居るか分からない今となっては、その関連性を疑われても仕方が無い。」
それに、目撃者も居る。
誰もが、あの少佐だったと口をそろえる。
第一の被害者が出たときから、その目撃された人間はここ南の軍令部少佐、=だと始終一貫して変わらない。
 
さて、どうするか・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
筒に絡まっていた糸をほどき、中のものを取り出すと、男の手から膜が生まれた。
そしてその膜から、新たな無数の形の無い、だが、形のある球が生まれる。
それは完全な球ではなく、所々不完全な球。
その中から一つに男が手をかざすと、それはスゥーッと消えた。
それを見て、男が言う。
「やはり、消えるか・・・」
と。
アトガキ
D-ブレーン,難しいっす。
2023/07/07 CSS書式修正
2007/04/10 初校up
管理人 芥屋 芥