SuperStrings Alchemist
11.Mysterious one
 彼女は走っていた。
 追いすがる闇から逃れるために。
 なぜ自分が逃げなければならないのか。
 それは分からない。
 いつもの自分ならば、逃げる前に銃でその闇を撃っているだろう。
 だがその闇に追いつかれてはならない。
 そんな漠然とした何かが心に告げるのだ。
 追いつかれれば、食われる……と。



 ガバッと物音を立てて起き上がる。
 夢の衝撃はすさまじく、吐く息も荒く苦しい。
 暗闇が怖くて、直ぐに手元のテーブルランプに手を伸ばした。
 目の前にぼんやりと浮かぶのは、震えている自分の手。
 いつも闇に追いつかれる寸前で目を覚ます。
 ハボックとは別に受けた、過去を探り出した辺りから見始めた悪夢。
 荒い息を深呼吸で収め、震えている手で髪をかきあげ一息つくと、ベッドから降りて水差しを手に取った。
 途端、スッと周りの空気が冷たくなるのを一瞬で感じ取り、辺りを警戒する。
――何かいるわね。誰?
 いくら見ても部屋には自分しかいるはずもない。
 だが……
――少佐?
 このつかみ所がない雰囲気に覚えがあった。
 そして何より
『これ以上、探るのは止せ。中尉』
 そんな声を聞いた気がしたのだ。



「リザ・ホークアイ軍曹っていうのは、あなた?」
 あの時、廊下でいきなり言われた言葉がそれだった。
 確認とも取れる事務的な口調に少々むっとしたのを覚えている。
 なんでも、銃撃に対して当時から凄腕と評判だった私に興味を持ったというのが真相らしいのだけれど。
「へぇ。じゃぁ東方に来たのだって、だたの偶然?」
 パンッ
 と、銃が音を立てながら的を打ち抜くその合間に、中尉が声を出す。
「いえ。マスタング少佐が私をここに」
 銃に不安があるという中尉だったけれど、その銃の腕に本当に不安があるのかどうかかなり微妙なラインだった。
 要は上手いのだ。
 口を出すまでもなく完成されたスタイル。
――不安があるというのは、単なる口実ね
 リザはそう判断し、話を続けた。
「まぁあの少佐の女ったらしには定評があるからね。女性が欲しかったんでしょう。きっと」
 などと冗談を言う掴み所がない独特の雰囲気。
 それを指摘すると
「? 俺が? 何の冗談?」
 と、かなりトボケタことを言う、そんな人だった。
 人を食ったようなことを言いながら、それでいて的を得ている。
 フワフワと掴み所がないような雰囲気は慣れれば心地よく、それでいて一定の境界線のようなものも引かれてもいた。
 それ以上は踏み込むことができず、また踏み込ませることもしない。
 不思議な人。
 それがリザの見解だ。
 そして今。
 少佐を含めた過去を突き止めようとしている時から見始めた、闇が追いかけてくる悪夢。
 関係がないとは思えない。
 大佐の命令は、ハボックとは別のものだった。
 錬金術関連の事件を含めた、少佐を含む全体の過去。
 小さな事件や、中央に上がっていないものも含めての詳細な過去を調べろ、というのもだった。
 そんな調査の中で、リザは一つの可能性にたどり着く。
 だが、確証が得られないし、思いついた自身ですら信じられない。
 しかも、なぜそんなことを思いついたのか、直ぐに自ら否定したくなるような、そんな予感。
 しかしリザの直感はもしかしたら、それが正解なのかもしれないと告げていた。
――まさか……そんな……でも、もしかしたら……
 自分の予感に、リザは体が震えてくるのを止められない。
『あいつが何をしたか、自分たちは知らない』
 ロイはそんな言葉を聞いたとリザに語った。
 少佐が軍に上がる前に、もし錬金術を使って何か事件を起こしているのなら、必ず何かしら上がっているはずだ。
 というのが大佐の考えだった。
 だからこそ、ハボックには彼個人のことを探らせ、自分には錬金術絡みの事件を含めたことを探らせている。
 しかしそんな事件が簡単に見つかるはずもなく、調査は大体空振りに終わっていた。
『今までは』
 従来のやり方が通じないなら、どう考えを変えるべきか。
 悩んでいた矢先に湧いた自分の直感めいた何か。
 信じるべきか、どうするか。
 しかし、今までの手がかりが無い以上、兎に角やってみるしかない。
 コツ……という音をさせてカップをテーブルに置くリザの目は、既に決意に満ちていた。
――私に迷いは、似合わない




「しかしねぇ、困りますよ。過去の新聞を全部閲覧するだなんて……」
 東方にある一番大きい図書館に足を運んだリザを出迎えたのは、職員のそんな言葉だった。
「司令部からの命令です。閲覧させてもらいます」
 別室に案内されながら、リザは告げた。
 自分の目で確かめたかったのだ。
 果たして、自分の直感が正しいのかどうか、を。
 過去、と言ってもかなりの量になる。
 毎日出ている新聞を一人で閲覧する。
 本当にできるかどうか不安だったが、彼女は自分が確信したことに沿って新聞を検分していく。
 まずはイシュヴァールのところ。
 問題はない。
 事実と符合するし、中央からの情報規制もあって、新聞は事実とそれに見合った内容を伝えていた。
 問題はそこじゃない。
 もっと、もっと遠くの過去。
 やがて顔を上げた彼女は、傍で鬱陶しそうに見守っていた職員に要請した。
「ここにある中で、一番古い新聞を持ってきてください」
 渋々付き添っていた職員の顔が、彼女から背を向けた瞬間更に歪んで、そして、自分の不幸にため息を吐いた。


 しばらくして、服に少し埃をつけた職員がソッと机に置いた木箱には保管用と書かれていた。
 恐らく原版に近いのだろう。
 職員が慎重な手つきで中身を取り出していく。
 長い年月を経た紙の埃っぽい匂いが鼻につくが、気になるほどではない。
 保存状態は良さそうだが、職員が信用していない目で
「貴重なものですから、取り扱いは丁寧にお願いしますね?」
 と告げる。
 それに黙って頷くと、リザは一息ついて肩の力を抜き、検閲していった。


 しばらくの間、慎重にページをめくっていたリザの手が不意に止まる。
 日付の古い方から確かめていた彼女は、ある一面に体が凍りついた。
「うそでしょう?」
 思わずそう呟くのを止められなかった。
 その声に職員の視線を感じたが、そんなことに構っていられないほどの衝撃。
 しばらく固まった後、それを手に取った彼女は職員に告げた。
「この新聞、軍令部が預かります」
 途端、職員は渋い顔を崩さなかった。
 貴重な過去の情報だ。
 図書館員として、軍に渡すわけにはいかないのだろう。
「ちょっと待ってくだいよ」
「これは、重大な証拠です。よって……」
――本当はこんな手段など使いたくないのだけれど
 と思わなくは、無かったけれど。
「それらは、館長の許可が必要なので……その……」
 どうやら自分に決定権はないと言いたいようだった。
「ならば、取れれば良いんですね?」
 と笑顔で受けると、彼女は部屋を出て行った。




――しかし、こんなのは……どうやって信じればいいのかしらね
 軍令部に戻る車の中で、リザはずっと考えていた。
 その手には、問題の新聞を入れた封筒がある。
 そして、それを持つ手が僅かに震えているのは、否めなかった。
 なぜならその日付が……
「うぁぁぁぁ!」
  突然響いた運転席からの悲鳴があまりにも唐突だったため、一瞬だが状況判断が遅れてしまった。
「な……何?!」
 把握しようと周囲に素早く視線を動かすと、運転席側の窓から伸びる黒い腕が見えた。
 腕は運転手を通り越し、リザの方へと矛先を向ける
――狙いは新聞ね!
 パンッ
 暴れる車の中で、自分に伸びてくる腕に銃弾を叩き込み、新聞が入った封筒と共に車から飛び降りる。
 腕が伸び、窓から人の形を為したモノがリザが飛び出した助手席側から出てきた。
 それは少佐を、彼らの目の前で連れ去った男の姿を取った。
「やっぱりね」
 予想が付いていたリザが納得した声で呟く。
「その新聞渡せ」
 あの時とは違う、至近距離で聞いた男の声にゾッとしながら、リザは封筒を握る手に力を込めた。
「ダメよ。渡せないわね」
 言葉が終わらないうちに銃弾を男に叩き込む。
 この男に銃弾が効かないことくらい既にに立証済みだが、せめて足止めだけでも。
 それに、街中での騒ぎは直ぐに軍令部に届くはず。
 そう踏んだリザは、なるべく時間を稼ぐことにした。
「あんた頭悪いんだなぁ。俺に銃弾効かないことくらい解かってるんだろ?」
 銃弾に体を揺らしながら、立ち続ける男に
「そんなこと、百も承知だわ」
 街中に響く銃の音に、周囲に人が居なくなっていく。と同時に感じる慣れた気配。
「大佐!」
 そう言った直後、リザの後ろから焔が飛んだ。
 前は手加減されていたが、今度は容赦がないその焔の色と勢いに、男は一瞬何が起きたのか解からなかっただろう。
 燃え上がる自分の体に男が悲鳴をあげる。
! 来ているのだろう? 止めを刺せ!」
――え……?
 リザは一瞬、後ろに立つロイが何を言ってるのか分からなかった。
 だが次の瞬間、目の前の空間が円を描くように揺らいだ後に出て来たのは、ロイの言った通りの男だった。
少佐?」
 が現れたことで、焔にまかれた男が数歩手前で足を止める。
 男は、焔の中から現れたを睨む。
「……お前、俺を殺せるのか? 今まで……散々俺たちを……苦しめてきた……お前が……」
「……」
 スッと、彼が無言のまま手を胸のあたりまで上げる。
 そして掌の空間が歪み出すのを、リザはハッキリと見た。
 ロイのような練成陣があるわけでもなく、鋼の少年のように循環するために手のひらを合わせるわけでもない、その不思議な錬金術を。
「……眠れ。今までの分も……俺の分も……」
 誰ともなしに呟いたの背中は、どこか泣いているように見えたのは、リザの目の錯覚だったのだろうか。




 重い沈黙がその部屋を覆う。
 リザが見つけ、持ち帰った新聞が机の上に広げられていた。
 椅子に座るロイは、説明を求めたそうに、だが黙って机の向こうに立たせた男をジッと見つめている。
 この街の図書館で厳重に保管されていた70年前の新聞は、まさにロイの『目の前の男』を、鮮明とは言いがたいが確かに掲載させていた。
 張り詰めた空気には慣れているリザでさえ、体が緊張するほどの硬い空気がそこに流れている。
「なぜ、俺が来てるって分かったんですか」
「勘だ」
 沈黙を破る言葉がから掛けられたが、それはこの部屋の空気にふさわしくなかった。
 しかし、いつもの態度を崩さないに、ロイは表情を歪ませて答えた。
 どうやら毒気を抜かれてしまったらしい。
「あの男があそこにいたということは、お前のところにはいない。そうするとお前なら抜け出そうとするだろうという、簡単な思考結果だよ」
 と種明かしをする。
「男との睨めっこにも飽きた。いい加減説明してもらうぞ。おっと、錬金術を使うのは禁止だ。お前の錬金術はどうやら俺たちとは違う、特殊なもののようだからな」
 新聞を指先でトントンとつつき、厳しい視線をに向ける。
 それを受けた彼は、仕方ないといった体で一息吐いた。
「何から話せばいいのやら。言って信じてもらえるかどうかわかりませんが……」
 そう前置きして、はリザが持ってきた新聞に視線を移しつつ、語りだした。
 『今』の自分が覚えていること、追いかけてくる悪夢のことを。
 全て。
アトガキ
相変わらず戦闘シーンが書けません

まだまだ先は続きます。
2013/09/11 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥