SuperStrings Alchemist
10.Before theForce
 定期的な電子音を繰り返す受話器を見つめて、ロイの頭はフル回転していた。
――何故切る必要がある?
 電話が切れる直前の男の言葉から、近くに拘束されているであろうが無理やり切ったことは明白だった。
 何かある。
 そう確信しているロイは、たった今起こったこと必死に思い返している。
 それまで、男の近くで大人しくしていたがリスクを犯してでも取った行動の意味と意図。
 あの男が言ったことに何か、重要なことでもあったというのか?
 電話の向こうの男はなんと言っていた?
 目を閉じてロイは思い出す。
『恨みがある』
 しかしそれは理由にはならないと否定する。
 に恨みがあることを、男は最初から隠していなかった。
 もしそれならば、あののことだ。
 襲われた段階で抵抗するだろう。 
『奴のことを何も知らない』
 それか? とも思うが違うとも思う。
 暴れる直前の男の言葉……
『あいつが何したか』
――それだな
 しかし、一体何をしたというのか。
 先ほどまで自室で考えていたことの、更に深いところまで思い出す必要がありそうだなと、再び自室へと足を向けながら、ロイは思った。




 明確に興味を持ったのは、が国家錬金術師になる直前辺りだったが、実はその前に出会っている。
 と、自室に戻ったロイはその椅子に座りながら、深く自分の記憶を探っている。
「あなたが、ロイ・マスタング少佐ですね」
「そうだが。貴様は?」
 配属されてきた、数人の部下の代表がだったことを思い出す。
 大勢の中の一人、取り立てて目立った存在ではなかった人間。
 それが、の第一印象だった。
「今度、ここに配属になりました以下、四名です」
「話には聞いてるよ。よろしく頼む」
「はっ」
 初めて交わした会話は、今から考えると余りにも素っ気無かったなとロイは振り返る。
 まさに、軍にありがちな簡単で簡潔な定型事務の会話だったから。
 イシュヴァール戦争の開戦半年前に部下になった
 取り立てて目立ったものもなく、存在感もあまりない。
 当時のロイにとって彼は、気にも留めない部下の一人だった。



 半年後、は普通の兵士として戦争に借り出され、ロイは国家錬金術師として参加させられた。
 その泥沼に嵌った戦争の中で、少し記憶を探れば出てくる言葉がある。 
『どうしても血を流す必要があるって言ってるようなもんだ』
 テントの中で呟いたの言葉だ。
 この時初めて、ロイはを認識した。
 確かにあの戦争は、不満や国家錬金術師の投入を疑問視する声は大きかった。
 だからこそ、まるで何か別の意図を見ているかのようなの言葉が引っかかった。
 それから後の記憶は鮮明だ。
 自分の部下になってから、いや、イシュヴァール後ののことは良く知っている方だとロイは思う。
 流石にプライベートにまで口を挟むことはないが、が南方に飛ばされるまでの間は、それなりに共に過ごした時間は多かったはずだ
 しかし、それ以前のヤツのことを、ロイは何も知らないことに気づく。
 軍に入る前の、のことを……



「電話があったって聞きましたけど?」
 情報が漏れてますよ? 言外にそう言ったハボックが確かめるように聞いてくる。
 それも折込済みなロイは、ただ無感動に
「そうだ」
 と返すだけだ。
「で、なんと?」
 チラリと隣を見やったハボックが問いかける。
「いや、大したことは話していない。それよりハボック」
「はい?」
 ただでさえ難航している捜索に、更に用件を積まれるのは遠慮したい。
 そう滲ませた声音で返事をするハボックに、予想外な言葉が届いた。
の過去を、探ってくれ」
少佐の……過去……ですか?」
 怪訝そうな顔をしてオウム返すハボックに、ロイが説明する。
「あぁ。どうやら、軍に入る前のの知り合いと考えてよさそうでな」
「なるほどね」
 軍に入る前の知り合いだとしたら、それは確かにロイやハボックが知らないの過去、ということになる。
 入隊前に新兵の身辺調査はされるものの、その資料が手に入るのは中央の限られた者だけだ。
 今中央には、つい先日まで出向していたヒューズがいるが、これ以上の協力は得られにくい。
「丁度捜索も、暗礁に乗り上がりかけてたところだったんでね」
 助かりますよ。
 と、最後にそう言ってハボックは部屋を退室した。


 ハボックが退室し、部屋に二人が残される。
 そしてロイは、残った一人に語りかけた。
 全ての意思決定は、その部屋で成される。
 そのことを、残った一人は強く実感した。






『さて、どうしたものかな』
 闇の中からひしゃがれた老人の声が響く。
 それに呼応するように、少年の声が答えた。
『俺なら放っておくな』
を恨んどるようじゃな。イカンな。どうも儂はあの男を放っておけなくてな……』
『放っておけって。どうせが生まれる過程で生まれた死損ないだろ?』
『そういうな。互いの苦しみも半端じゃないのだからな』
『死んだ二人の魂、扉の向こうに送るが一人はこっちにもらうぞ?』
 話を聞いていない雰囲気で、少年の声が話を変える。
『好きにしなさい』
『どうせなら『合成された魂』ってヤツをもらいたいね。あんな珍しい魂、さぞかしよく廻ってくれるだろうぜ?』
『其れを知ったら、さぞ悲しむだろう』
『それこそオレの知ったことじゃねぇよ。魂集めも俺の仕事だからな』
 闇の中に沈黙が降りる。
 そんな中響いたのは、老人の声だった。
『……を越える者か。が生まれた時の絶望を、儂は肌で感じていた。お前さんはどうだね?』
『俺はもう覚えてないな。随分昔の話だからな。ただ……』
『ただ?』
『いや、いい。言ったらきっと絶対悲しむから言わねぇ』
 どこか文法が間違っている気がしたが、老人の声は
『そうか』
 と、納得したように返す。
『あぁそうだよ。あんたと同じさ。でも俺はあんたと違って世界に立ち入ることは許されてない。偶に来る馬鹿な人間の体の一部を奪うのが本業なんでね』
 何でもないことのように平然と、告げる。
 自分はこの世ならざる者だと、宣言する。
 そして、同意を求めるように、老人の声に言った。
『ま、高みの見物といこうじゃないよ。普段は古本屋の店主さん?』
アトガキ
えーっと……オリキャラ登場について言い訳しません。

まだまだ先は続きます。
2013/09/06 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥