AceCombat -Zero-04
The Passion of EX
 補給トラック本隊とその直援ヘリは何事もなく前線に到着することができた。
 それもそうだろう。
「こちらGrunchCover。着陸は無事に終えた。メビウス中隊の哨戒、感謝する」
 と、さっきとは全く違うところどころデコボコになっている滑走路に着陸を終えた輸送トラック直援ヘリのパイロットが上空にいるであろう『彼』に向けて無線を飛ばす。
 すると直ぐに無線が入ってきた。
≪それでは戻ります≫
 まさか返事が返ってくるとは思っていなかったヘリパイロットは、あのメビウス中隊と会話できることを誇りに思いながら
「あぁ。ありがとう」
 と再度感謝の意を返すと、『彼』のラプターは高度を落とし、翼を左右に振って挨拶した後に帰って行った。
 その轟音に皆空を見上げている。
 今から自由エルジアとの戦闘が再び始まる。
 そして戻ってきたのは朝から数えて一人少ない人数だが、その一人は今日、『彼』のいる空へと戻る。
「あれ、ラリーは?」
 補給を受け取りにきた男が、一人少ないのを確認して聞いた。
「あいつなら空に戻ったよ」
 と、ここに彼の姿がない理由をタバコをくわえ銃を肩に掛けながら男が答える。
「やっと吹っ切れたかあの野郎」
 と事情を飲み込んだ別の男が、タバコに火をつけながら誰ともなしに言う。
「あぁ。みたいだな」
「やっぱり片羽の妖精は空に戻る、か」
 感慨深げに最初に尋ねた男が呟いて、それに面白おかしく冗談で答えが返ってくる。
「男に妖精ってのもアレだがな」
「どうせならもっと可愛い女の子に付けりゃ良かったのにさ」
 笑いが起こる。
 そして彼がいないことを悲観しているものは、やはり誰もいなかった。






「本当は、訓練空域を抱えているところに直接向かったほうが効率が良かったんだがな」
 そう言って相棒が本部の中にある司令室に案内する途中、物珍しそうに話しかけてきたのはアイツらは本当に戦闘機乗りなのか? と、俺たちのような陸兵部隊からも噂されていた航空部隊の男だった。
「よぉメビウス1」
「何だ、オメガ11」
 何度ベイルアウトをしても戻ってくる部隊で有名なオメガ部隊、その11番機の男だった。
 その様はまるで不死身だと、俺のイメージで言えばシュネー1が思い浮かぶがそれ以上のタフネフさでこのチームの男達は空に戻ってくる。
 すさまじい精神力だ。
 いっそ学びたいくらいに。
「あんたが人を連れてるなんて珍しいと思ってさ。で……だ」
 そんな部隊の男を前にしてその噂どおりの男の風貌に関心していると、手が出しだされてきた。
 一瞬戸惑ったが差し出された手を握り返すと、男は俺を見てしきりに頷き、
「あーオメガ11でいい。そうか、あんたがあのピクシーか」
 と自分の自己紹介を言うだけ言って「じゃな、メビウス1」と軽く手を上げて去っていく。
 そのあまりに一方的な自己紹介を前に半ば呆然としていると
「有名人だな」
 と顔は無表情ながらもからかうように相棒が言ってくる。
「お前ほどじゃない」
 と切り返すと
「そういう意味じゃない」
 と更に切り返された。
 ではどういう意味だ、と尋ねる前に相棒の言いたいことが分かって同意する前に急にくしゃみが俺を襲ってきた。
「風邪か?」
「いや、違う」
「なら噂か」
「一体誰だ」
 だが大体の見当はつく。
「あぁ。大方……」
 の後に続けようとした言葉は、そこに割り込んできた
「噂でクシャミをするのは、ある程度科学的に実証されつつある、らしいがな。あとその手は無意識か? エア」
 という言葉で、俺の相棒への次の言葉は胸の中へと消えていった。
 その代わり
「あぁ?」
 本当に、10年前には見ることのできなかった相棒の珍しい一面を、ISAFの連中に今日一日でとことん見せ付けられている気がした。
――だからと言ってどうという事でもないんだが。それにしてもそんな顔もするんだな、相棒。いや、あの時は単に俺が引き出せなかっただけか?
 本気で心底イヤそうなそして挑むような形相で、相棒の声を掛けてきた男を振り返るその顔は、恐らく普通の奴が見たら一瞬怯むほどの顔、なのだろうが30代前後と思われる濃い青を基調とした軍服の男は特に気にした様子もなく
「その手だよ」
 と言って相棒が伸ばしている右腕を指摘した。
 そして指摘されて初めて、相棒の手が俺の髪に触れていることを俺自身が認識した。
――あ……
 触れられいる感覚が、相棒相手だと本当に無い。
 だからこういうときは少し困る。
「あ?」
 相棒も俺も動きが止まる。
 が、それも一瞬。
「丁度良かった。後はアンタに預けるぜ」
 と相棒が、もしかしなくても用事をここで終わらせたがっている風に告げる。が、男の方が一枚上手だった。
「横着するなエア」
 と肩を竦めて飄々と言ってのける。
 そしてこの男、一体何者だ? 疑問に思った俺の心に答えたのは相棒だった。
「ピクシーだけでいいだろ、司令官ドノ」
「終わった後に誰が彼を宿舎まで案内するんだ?」
 男が言うと
「どこの基地だってそう変わんねぇよ。大体大人の迷子まで面倒見切れるか」
「だが私は君にも用事がある。諦めて一緒に来い」
「……ッチ」
 と、本当にこの相棒は10年前の相棒なのか? そう疑いたくなるほど感情を出して舌打ちするその姿に唖然とする。
 それにしても確か司令は、いやスカーフェイス1は50前の男だと言わなかったか?
 確かにそう聞いたはず……だが? 相棒、あの言葉は嘘か?
 前を歩く男はどこからどう見ても30台前半くらいしか見えないんだが。
「色々疑問はあるだろうが、説明は後だ」
 と小声で言われそれらは全て、今までのと合わせて後回しにすることにした。




「……以上だ。質問は?」
 と聞かれ、一つ聞いた。
「一つだけ」
「なんだ」
 良かった。どうやら話は聞いてくれるようだと、妙なところで安堵する。
 そして見た目は30代だが、目の前に机を挟んで座っている男は確かに相棒とカイを使って俺をここに呼び寄せたスカーフェイス1なのだということが、説明を受けている間の短い時間でアリアリと伝わってきた。
 俺はこの男の誘いにあえて乗ったというわけだが。
 さて、その本位はどこにある?
 そして相棒はというとこの部屋に入ってすぐ、置かれたソファに座って以来口を挟んではこなかった。
「俺は、コールサインを変えるつもりはありません」
 とりあえず、慣れないが敬語を使う。
 捨てたはずだった名前だが、捨て切れなかった名前でもある。
 拘りという拘りもないが、何となく今更変えるのもなという思いがある。
 縁担ぎ、なのかどうなのかも、実際のところはよく分からない。
 慣れ親しんだとも言うべきなのか、それとも腐れ縁なのか。
 複雑だが、それでもどこかで小さな棘のように其処にある。
 その名
――Solo Wing Pixy――
 これを変えることに、僅かにでも抵抗があるなら変えないほうがいい。
 そう思った。
 それに先ほど会ったオメガ11にも自分が『そう』だと既に知られてしまっている。
 そして男にとってはそんなことは予想済みだったのだろう。
 不機嫌になる様子もなく
「では適宜変更する、ということでどうだ?」
 と妥協点を探ってきた。
「適宜、ですか」
 不服そうに言うと男は、机に両肘をついて手を組みそこに顔を寄せて言った。
「今のスカーフェイス隊は何も傭兵、パイロットだけを派遣しているわけではない。もし君がWSOや教官として向かう場合、後ろに座っているのがあの『片羽の妖精』だと知れば前に座っているパイロットに緊張を与えかねない、とは思わないのかね?」
 そう問いかける彼の目は、確かに空戦を生き抜いてきた百戦錬磨の男の目だった。
「しかし……」
「確かに相手がベテランならばその名に応えることも平静を保つことも出来るだろう。だが現実そう簡単にはいかないものだよ。それに『戦場で名前が付く』ということがどれ程のことか、君になら分かるはずだ。妖精君?」
 自分の名前の強大さとそれが相手に与えるプレッシャーを知れと、微笑を浮かべながら男は言った。
 だからISAF内で飛ぶときは『Pixy』のままで、そしてこの地ではないどこかへ向かった場合は変更するということで落ち着いた。
 もとより司令は最初からそこを落とし所としていたようで、その顔はやけに満足げだったが。
 反応できるかどうかは兎も角として……いや、サイファーにやれて出来ないことはない。と思う。
 10年離れていてどこまで戻るか、だが。
 いや、ここまで来たんだ。戻すさ。
 パタンと扉を閉めて一息つく。
 それにしても
「もしかして、お前もアレで丸め込まれた口か? 相棒」
 と、未だ中にいる相棒に向け一人、呟いた。
 そして『妖精君?』とまるで子ども扱いされたわけだが、それでもイヤな思いをしなかった。
 相棒以上に不思議な男だ。
 ルーア・ルッソーニISAF司令、いやスカーフェイス1。
 しばらくして、相棒が部屋から出来てた。
「終わったか?」
「あぁ」
 答えはあったものの、不機嫌が服を着て歩いている。
 そんな感じか。
 一体中で何があった。
 そう問いかけたかったが、その背中にあったのは『何も聞くな』だった。
 あの司令の何がお前にそんな顔をさせるんだ? 相棒。
 疑問に思ったが、やはり声にはならなかった。 
 そして哨戒からカイが帰ってきたらしく、相棒の背中に更に不機嫌が増えた。



「部屋」
 カイも入れて、サイファーの部屋に三人集まった。
 なぜならカイがラリーの歓迎会を開こうと提案してきたからだが。
 カイの、例によって言葉が端折られた単語を翻訳したエアハルトがラリーに教えるという、そんな奇妙な形が既に成立しつつあった。
 そしてそんな言葉の足らないカイもまた、サイファーと同じスカーフェイス隊だということを聞いて改めて驚いた。
――いや、何となくそんな気はしていたんだが、な。
 司令は仕事、アクセルや他の人間は訓練や教官またはWSOとして国内外に出払っており、今基地にいるスカーフェイス隊はエアハルト、カイ、そして俺の三人しかいないのだという。
 そして他の隊の連中への挨拶は飯時に済ませていた。
 まさか、自分を誰が引っ張ってくるのか、が賭けの対象になっていたのには驚いたが。
「いいんだよ。実力のある奴は引っ張られる。そういう軍隊」
「なんだ。まるで傭兵だな」
「でも正規兵だ。一応な」
 と言いつつベッドにもたれ、数少ないエアハルトの持ち物の中から小さな折りたたみテーブルを引っ張りだし、そこに酒とグラスを置いて飲むだけの、本当にささやかな歓迎会。
 そんな中、サイファーに酒を入れてもらってゆっくり飲んでいると、彼の横で既に酔っ払った声が上がった。
「ア……」
「エクス。弱いくせに無理するからだ」
「す……」
「明日に差し支える。今日はもう寝ろ」
「は……」
「立てるか?」
「……り」
「しょうがねぇなぁ」
 半ば眠っているためか、少ない言葉が更に少なくなり一言発するだけになったカイを、相棒が自分のベッドに寝かせ介抱する。
 その様子を見て、思わず声が出た。 
「変わったな、サイファー」
 カイに毛布と布団を被せ、ベッドから顔を出した彼が俺を一瞬だが呆れた様子で見て答える。
「お前のせいだピクシー」
「俺の?」
「あぁ」
「そうかな」
「そうだ」
 座りながら俺を納得させるように言ってきた。
「お前の世話好きが移ったんだよ」
「世話好き、か? 俺は」
 自分のことは見えない、とはよく言ったものだ。
 俺が世話好きだったとは、な。
「気づいてないのか」
「全然」
「ならいい」
 諦めたような顔をしてグラスを持ち、飲む。
 そんな相棒に
「そういうお前は、金と力を求めること以外は無欲、だよな。サイファー」
 と切り返してみた。
 一瞬だが、相棒の気の抜けた表情を引き出すことに成功する。
 そうだ。俺は10年前、相棒のこんな顔も引き出せなかったのは、きっと余りにも近くに居たからなのかも知れない。そう気づいたのは、気づかされたのはほんの数時間前だ。
「そうかな。俺は案外欲深いのかもしれないぜ。しかし残念だったな。俺はお前と違ってヒネクレてはいないのさ」
「それは俺へのアテツケか。相棒」
 カランとグラスの中の氷の音を立て、相棒がニヤリと笑って酒を飲んで抉ってくるのを、苦々しい表情でソレに対する苦情を言う。
「なんだ。心当たりでもあるのか妖精。それは何よりだ」
「……」
 呆れて物も言えないとはこのことだ。明らかに分かってやってるだろ。
 そして、そうだ。確かにコイツは貪欲だと、改めて思いなおす。
「そうだな。お前は貪欲だ」
「ん?」
「貪欲すぎだ。何もかも破壊するくせに、自分の気に入ったものは置いておく。それが例え、裏切った俺であっても」
「ラリー?」
「何で撃たなかった」
 一瞬記憶が交差する。
 あの瞬間。
 だが返って来たのは、小さなため息の後の……







 ヌクヌクお布団。
 師匠が使う下段のベッドだ。
 でも師匠、ちょっと……
 こういうときは寝るに限る。
 というわけで寝ます。
 オヤスミ
アトガキ
うんざりうんざり
2011/03/02
管理人 芥屋 芥