AceCombat -Zero-04
The Passion of NEMO
お前になら付いていってやる。
確かにそう言った。言った。あぁ言った。
だが俺はものの数分であっさりと、しかも思いっきり後悔した。
滑走路周辺まで戻った俺の目に飛び込んできたのは、俺たちが朝この基地に到着したときには無かったデカブツだった。
それは人に囲まれとてつもなく目立っていた。
幾重にもできた人垣のその中央に鎮座していたのはF-22A戦闘機、通称ラプター。
しかもそれはただのラプターじゃなかった。
それの機体ナンバーは消してあるものの、れっきとしたこの大陸戦争の英雄、メビウス中隊のものだった。
誰もが知ってるメビウス中隊とそのマーク。そしてそのエースナンバーが誰なのか……
あぁ、考えるまでも無かったかもしれない。
「サイファー、お前……」
だがその質問は遮られる。
「ラリー、ここでの俺のTACネームは『ファイ』だ」
「ファイ?」
「そう。ここで俺がガルム1サイファーだと知っているのは、司令のネモとカイと、後は一人の部外者だけだ」
と言うとカイに向き直り、
「エクス、この後は?」
と、そのマークの入ったF-22Aを指して問いかける。
そしてエクス、恐らくTACネームだろうを呼ばれたカイは表情一つ変えることなく
「行動」
と全く感情の入っていない声で答え、
「あっそ。じゃラリー、お前はこっち」
と応じたサイファーに、ペコリと小さく頭を動かしてから俺たちと離れた。
そのままどこに行くのかと思って見ていたら、人が集まっているリボン付きラプラーの方へと向かっていくのを見て俺は驚いた。
――まさかメビウス1なのか?
そう思ったが、その予想を自分自身で即座に打ち消した。
では一体彼は何番機なのだろうか。
気になって、その答えを知っているであろう隣に立っているサイファーに視線をやり、尋ねる。
「なぁ」
「ん?」
「あの機体は、いや。カイは何番機なんだ?」
と聞くと、
「二番機だ」
と、俺と同じように機体に向かって歩いていくカイに視線をやって相棒が答えた。
「あー……よくついて来れたな」
正直に感想を述べる。
何せあの時、あのベルカ戦争の時でさえ俺はコイツに振り回されたのだ。
あれから10年。
強さを求め、貪欲に力を吸い込むコイツによく……
「飛べば分かるさ」
「そういうモノか?」
「そういうモンだ」
だが俺には、その人だかりの一番後ろでぴょこぴょこと困ったように跳ね、体を左右に動かすといった不思議な行動を取りつつも、何とかその機体に向かおうと必死というか虚しいというかの努力をしているカイは、やはり理解しがたい人間のように思えてならない。
いや、彼の行動や言葉は、もしかしたらこの先一生理解できないのかもしれないと思った。
しかもアレでパイロット? サイファー以外の他人と意思疎通ができるのか? と正直に思う。
先ほどの会話でさえ意味のある会話が成り立っていたのかどうか、傍から聞いただけでは全然分からないと素直に思う。
だがカイとの付き合いが長いらしいサイファーは、彼の余りにも短い言葉の前後が分かるようで、あっさりと引き下がり俺を呼んだ。
それにしてもサイファー自身、元々あまり話さない男だと思っていたのだが、確かに10年前より遥かに喋るようになっている。
これも、俺の知らない相棒の10年か。
「そういえば、あいつは何故お前がサイファーだと知っているんだ」
と、未だ機体に近寄れず困り果てている様子のカイを見つつ、俺はもう一つの疑問を聞いた。
お前をあの戦争へ放り込んだという司令だけではなく、何故年下のカイが知っている? と。
「そうだな。ま、本部に帰ってからおいおい話すさ」
はぐらかされたが隠す気はなさそうなサイファーに俺はそれ以上の追及をやめ
「あいつ等に挨拶してくる」
と言ってカイから視線を放し、相棒の傍を離れようとしたその時だった。
「なぁラリー。お前、本当に後悔しないか」
改めて尋ねられた。
見透かされている。
そう思った。
その上で、俺もまた相棒の心の底に流れる感情を理解する。
本当に、手に取るように分かるようになった。
困ったものだ。
「俺がそのネモってのに試されてるんじゃないかって思ってるなら、相棒、俺はあえてそれに乗ってる。そう思っててくれ」
答えてから自然と手が伸び、無意識にサイファーの前髪に触れ、いじる。
そう。まるで自分の髪をいじるときのように。
もし他の奴が同じようにしたら、きっとそいつの手が相棒の前髪に触れる前に払いのけられて終わり、なのだろうが俺の手は不思議と、一度も邪険に扱われたことがなかった。
そして俺もまた、相棒が触れてくるのを払いのけたことが無い。
嫌そうな素振り一つ見せず、相棒であるエアハルト・ハーミットは黙って俺に触らせている。
ウスティオのヴァレー基地でその昔、傭兵仲間に指摘されたことがあったか。
『お前ら、何をそんなにベタベタ触ってるんだ?』
と。
だが当時はお互い触れている、もしくは触れられているという自覚が全くなかった。
今になってようやく、やっと触れているという自覚があるくらいだ。当時は本当に自然だったろう。
そして相棒は、今でもなすがままに触れさせている。
10年前と変わることなく。
そして俺は、今も自然に触れている。
10年前と同じように。
だが違うのは、
「いつまで触ってるんだラリー。トラックが出るぞ」
という相棒の言葉だろう。
自覚を持った。
それだけでも、お互い進歩したというべきか。
それでも払いのけないのは、やはり触れられているという感覚がないからか? 相棒。
疑問に思ったが、本当に積荷は終わったようで共に来た仲間の動きが慌しいのを見て、その質問もまた後にとっておくことにした。
「そうだな。じゃ、行ってくる」
と答え、俺はクルリと指を一回転させてから相棒の柔らかい前髪から手を離すと、今度こそトラックへと足を向けた。
「すまんな。ここでお別れだ」
以前に発したこの言葉は、不安定な空域の中にあって相棒に刃を向けながらだったのを覚えている。
あの時は心が悲鳴を上げすぎて疲れ果て、感情の何もかもが擦り切れすぎていた。
そして俺は、二度とこの言葉を使うことはないと思っていた。
しかし今、さっきまで地上で共に戦っていた奴等に向けて俺は言っている。
そして言われた彼らもまた、俺がいつか空へ戻るということをある程度覚悟していたようだった。
「寂しくなるが、羽のある奴は飛んでナンボ、だからな」
「そうそう。飛ばない片羽の妖精はただのナンとやらってな。ま、頑張れや」
「それにしても今回も断ると思ったが。どういう風の吹き回しだ、ラリー」
「受けたのなら俺の勝ちだな。受けないに賭けた奴、今度おごれよ?」
「それまでに酒があったらな」
笑いが起こった。
緊張の連続で娯楽もない戦場で、表情も厳しく堅物そうに見える連中だが、その実とても愉快な奴等だ。
だがそれも終わり。
そう。
国境の意味を探すために俺は最前線にいるはずだった。
だがあいつを目の前にしてしまえば、それも見えなくなる。
あいつを選べば、国境の意味を探せなくなる。
それでも後悔しないと、そう言いきれるほどの感情のうねり。
頭で考える前に口が動いた。
そうだ。これは理屈じゃない、ましてや理性でもない。
サイファー。俺が再び空に戻る理由は、やはり『お前』にあるようだ。
どうやら俺は、その答えを先に見つけなければならないらしい。
「じゃぁラリーのところ、何か積めるものないか」
「AKの弾余ってるならそれでも入れとけ。あと煙草」
切り替えの早い奴等だ。
俺が一緒に帰らないと分かるや否や、すぐにその空いたところへ次々と消耗品を積み上げていく。
「じゃぁ、またな」
そう言って輸送トラックを見送った。
今後彼らに会えるかどうかの保障はない。
しかし未来に希望を託してその言葉を告げる。
あのインタビューの最後に、二度と会えないのを分かっていながら、あいつに告げたように。
別れが済んだ俺の後ろに、いつの間にか立っていたサイファーが言う。
「終わったか?」
「あぁ。終わった。で、次はどこにエスコートしてくれるんだ? 相棒」
自分で今、この時から地上の戦闘に別れを告げ、空の戦闘へと戻る。
いや、本当のところ戻れるのかは自分でも分からない。
あれから、相棒の言う通り中途半端に操縦桿を握ってもう10年が経つ。
心がざわつく。
「本部だ。この後の便で戻る」
そう言って相棒が視線を向けた先にあったのは補給にきた輸送機だった。
どうやら昼の折り返しの便でISAF本部に戻る予定のようだ。
メビウス1はガルム1+10年……リボン付きの死神=円卓の鬼神+10年、か。
ホント、凄いというか呆れるというか。
おまけにサイファーは認めていないがカイ、TACネーム『エクス』という弟子までいる。
金と戦闘に関すること以外は無欲に見えるがその実、とてつもなく貪欲な奴だと思う。あらゆる意味で。
それにしても
「何を笑ってるんだ。相棒」
珍しくニヤニヤと笑う相棒の顔に、思わず問いかけていた。
「いや、なんでもない。ただお前の機体は、ウスティオのヴァレー基地にも無いなということを思い出してな」
まるで無誘導爆弾を投げられかと思うほど、思わぬ方向からの思わぬ言葉をかけられ応答の言葉が詰まる。
いや、確かに……その言葉通りだが。
顔が強張るのが自分でわかる。そんな俺の顔を見た相棒は、
「気にするな。根に持ってるわけじゃない」
と、表情をまじめにして言った。
そしてその言葉は恐らく真実だと俺は思った。
根に持っていたら、俺がテレビに出た時点でいやトンプソンというブンヤの電話を受けた時点で意地でも探し出し借りを返せと言ってくるだろうから、それをしなかった相棒のこの言葉は、純粋に確認のためだ。
分かってる。しかしチクリと心に痛みが走るのは俺が抱えている罪悪感か。
しかし何故機体の話が?
顔に出ていたのだろう、相棒が顎をクイッと動かして俺の疑問に答えた。
「お前はあのラプターで今後飛ぶ気なのか」
と。
相棒の指すあのラプター……リボンのマーク、メビウス中隊のものだ。
「まさか、それは無いな相棒」
そう、まさか。だ。あり得ない。
「だろうと思って先回りはしておいた」
「先回り?」
一体何を先回りしたというのか。
だが相棒はそれに答えるつもりはないようだった。
「こういうところで二番機に苦労させないのは一番機の役目だからな。慣れるまでは練習機、それから上位機種に換えていけばいい。ただし作戦まで時間がないから、急いでもらうことになりそうだが」
「作戦、ねぇ」
どうやら、ISAF陸軍が動いてることと関係があるらしいことが簡単に想像ついた。
「発動されたらしいからな。忙しくなるぞ」
「了解、えっと、メビウス1、でいいのか?」
慣れない呼び方だが、これは俺が慣れるしかなさそうだと思った。
ISAFが、いや、こいつをあの戦争に放り込んだスカーフェイス隊の隊長であり司令が事実を表に出さない以上、相棒はここISAF内では少なくとも『メビウス1』なのだ。
それを俺一人が勝手に崩すわけにはいかない。
なぜならカイもまた、彼が『サイファー』だと知っていながら、一度もその名を呼ばないのだから。
いや、カイの場合口数が圧倒的に少ない上に相棒のことを師匠と呼ぶから、そう呼ばないだけなのかもしれないが。
とにかく気をつけなければならない、ということは少し考えただけで十二分に理解できる。
だが、
「お前が望むなら、ガルム1でもいい」
「おい……」
「冗談だ」
お前が言うと冗談に聞こえないぞ相棒!
補給を受け取りに来た十台かそこらのトラックが基地を出る。
それを追いかけるようにして、準備を整えた直援のヘリが離陸していく。
そして俺は今から哨戒に出なきゃいけない……んだけど。
困ったなぁ。この人たち、どうしよう。
メビウスマークのラプターの周りに集まった人たちを押しのけようとして失敗し、手をパタパタ動かしてしばらく考えてみた。
とりあえず、すり抜けてみようかなと。
そして人垣の中をスルスルと抜けて、俺は引っ掛けられた梯子を掴む。
その瞬間、周りにいた人たちがどよめいたけれど、そんなこと関係なく登り座席に置きっぱなしだったヘルメットを持って素早く被ると、すぐさまグラウンドが飛び出てきて集まっていた人たちを蹴散らしてくれた。
「メビウス中隊の方、ですよね。要求兵装はこちらでよろしいでしょうか」
座席に座った俺に、ボードに挟まった用紙を差し出してくる兵装員を不思議に思った。
は?
俺要求なんて出してないけど……?
まぁいいや。
「はい」
「それではここにサインを。あ、TACネームで構いませんよ」
そう。
それがここでの慣わし。
特に英雄的扱いを受けるメビウス中隊は、TACネームかコールサインで全てが通る。
元々ここにあった軍の習慣を利用して、教授がそういったものを徹底させた。
だから大陸戦争の時、AWACSのスカイアイや仲間の誰かからも本名で呼ばれたことは一度も無い。
呼んだことも無い。
だから他の仲間にとって、師匠はいつだって『Mobius1』だった。
おまけにこの機体とくれば、黙っていてもそれが元メビウス中隊の中の誰かだとすぐに分かるから。
だから俺は黙ってボードを受け取ると、そこに『EX』と書き入れた。
『EX』と書き入れたその書類がFAXで送られてきたとき、私は仰天しそうになった。
全く。なんてモノを買わせるんだエア! と、書類に対し怒鳴りそうになった。
請求書にあったのは、F-15C一機と特殊兵装その他備品類。
サインはカイのものだが、彼はここまで気が回らない。
ならば犯人はエアハルトだろうことが簡単に見当がつく。
恐らくカイもまた、深く考えずにサインをしたのだろうが。
どうやら片羽の妖精を引き入れるためにはそれくらいはしろ、ということか?
なぁエアハルト、お前が乗らないのならワイバーンを彼に与えてもいいんだぞ?
というか、イヤガラセにもほどがあるだろ! ただでさえISAF内の懐事情を知っているくせに!
今頃してやったりと、顔をニヤリとさせている姿が目に浮かぶぞ、エア……
グシャァ……
請求書を無意識に握りつぶし俺は
「ハルゥ、俺アリスに嫌われるようなことしたかな……」
今日も今日とて管制で飛んでいる自分の元WSOに、スカーフェイス1として一人、ごちた。
はぁ。
今日も今日とて、ISAF内は元気だ。
俺は憂鬱だがな!
アトガキ