AceCombat -Zero-04
The Passion of Cipher
俺の耳に、遠くで戦闘機の轟音が鳴り響いているのが聞こえた。
着陸?
疑問に思ったが、今の俺の頭は目の前の疑問を解決するので精一杯だ。
ISAF内で、一番最初にあのジャーナリストの電話を取った人物。
それが誰かと問われて、俺はそれを理解するのに数秒掛かった。
「そうか。お前か」
そして納得してしまえば、次の瞬間には新たな疑問が沸いて来ていた。
だがそれを問うより早く
「そうだ」
と、相変わらず空間の一点を睨みつけたままで不機嫌さを隠さないサイファーから静かに肯定が返って来るだけで、浮かんだ俺の疑問も何もかも、それ以上は聞かないという態度に俺はどこか懐かしい気分になった。
サイファーがこういう態度のときは、大体において何か思い返しているときだと理解しているからか。
そしてブンヤのことを知っていても尚、俺に会おうとしなかったサイファーの答えは一つ、いや、複数あるだろうが、その中の一つは確実に答えられる。
――お前のことだから、俺に会うことも報酬で決まるって言いたいんだろう。
だがそれは恐らく建前だ。
本当の答えは俺と同じか、似たところにあるのだろうことが手に取るように分かる。
だがもしあのインタビューの時、何食わぬ顔で現われたとしても、他人の振りが出来たかと問われればそれは自信はない、とだけ答えておこう。
そしてようやく、最初の理由が一周して戻ってきた。
目の前にサイファーという、信じられない衝撃のせいで遠くに追いやられていた、俺がここに立って彼と会っている訳を。
報酬次第で俺に会うというサイファーのスタンス。ならば今回のことも恐らく後ろで金が動いている。そしてその出所は、呼び出された件からして……
「サイファー。お前がスカーフェイスの件で来たのなら、もう結論は出てる。俺は、入る気はない」
真っ直ぐに、昔相棒であり戦友だった奴の顔を見て告げる。
断られた奴の表情に変化は無かった。それどころか
「だろうな」
と言ってほんの少し表情を柔和させ同意してきた。いや、ほとんど変化はなかったがそれでも俺には、それが分かった。
「俺も無理にお前を引っ張り込むつもりはない。ここに来たのも、半分以上はネモの顔を立てたようなもんだからな」
「ネモ?」
初めて聞く名前に俺は思わず聞き返していた。
「あぁ。スカーフェイス隊を率いてる奴のTACネームだ。今はISAF司令をやっている50前の男のことさ」
「……独自に存在してる傭兵部隊じゃなかったのか」
おいおいおい、傭兵が正規兵やって大丈夫なのか? って、それより何より司令だと?
俺がここに居る裏を含めた本当の理由(ワケ)を、このときようやく理解した。
俺を補給に向かわせた世話になった上官は、どうやらそのスカーフェイス隊のトップであり司令でもある人間からの連絡を受けて俺をここに来させたらしい、と。
そして俺がこいつに会うことは、どうやら最初から決定済みだったらしい。とも。
「確かにスカーフェイス隊は独立した傭兵部隊だが、ISAF自体が寄せ集めの寄り合い所帯みたいなもんだからな。そこにネモが食い込んだってことらしい」
なんだそれ。
だから俺はそのままの感想を述べる。
「よく分からんな」
「よく分からないのは俺もさ。お陰でスカーフェイス隊は存在してるんだが、ハッキリとした存在は不透明になっちまった」
そう言って肩を竦めたサイファーは、自分にしか分からないような笑顔でそう言った。
「だろうな」
恐らくそのスカーフェイス隊がサイファーの古巣で、あの戦争の後からこっち、今もそこに所属しているのだろう。
そう考える時点でサイファーに引き込まれている証拠だと自分で思う。
会話が、そして何より俺の心が昔に戻っているのが分かる。
だが悪い気はしない。むしろいつもより声が弾んでいるような気がした。
10年前に戻る。そんな感覚が俺を襲う。
「ってことはお前、元々そのスカーフェイス隊だったのか」
あの時チラッとだけ聞いて流されたコイツの過去を、改めて尋ねてみた。
「そういうことになるのかな」
「えらく自信なさげだな」
珍しい。
「何せ色々と中途半端だったからな。ネモから『暇なら世界を見て来い』って言われて、放り出されたその先があの戦争だったって言ったら、お前はどうする?」
「どうするって言われてもな……」
それはトンでもなくスパルタ過ぎやしないか?
「お陰で信じれるものは金と自分の腕だけ。今だから白状するが、実は最初の頃、お前についてくの、案外必死だったんだぞ」
そう言って、今度は本当にハッキリと分かるほどの苦笑いをサイファーが浮かべる。
「そうなのか?」
付いていくのが必死だった、そう言われて悪い気はしない。
だが同時に心に暗い影が落ちる。
そしていつもの通り、俺はその影を無視した。
「あぁ」
それにしても、今の話が本当だとしたらそのスカーフェイスのトップという男は、こいつのとんでもない素質を見抜いていたことになる。
お陰で俺まで化け物傭兵コンビの片割れ、という名前までもらったくらいだからな。
「それにしても、お前が放り出された、ねぇ」
「あぁ。最終段階でいきなり実戦に放り出されたからな。信じられるか? あそこ、採用するにあたっての最終試験って、ネモの気分次第で実地なんだぜ?」
と、今度は呆れたように話す。
懐かしいと思う。
ヴァレーの基地で仲間と馬鹿やったり、真剣に議論したりした10年前。
もう、戻ることの無いあの『時』は、今でも俺の中に……
「それにしてもお前、相変わらず半端な真似するんだな」
だがそれも過ぎた日のこと。その言葉で俺の意識は一気に10年を遡り、今に至る。
そして目の前には、半ば呆れ顔のサイファーが俺に突きつけていた俺自身の飛行記録があった。
あぁそうか。ISAFが関係している飛行場の記録を取り寄せたのか。
しかしこいつはそんな回りくどい真似はしないだろうから、きっとISAFかその隊が用意したのだろうことが分かる。
だけど今、そんな事はどうだっていい。そうだ。俺は空を捨てられない。捨てたと思ったのに、捨てられなかった。捨て切れなかった。だがな、
「お前に理解してもらおうなんて思ってない。サイファー」
理解して欲しいとも思わない。
これは、俺自身が出すべき結論だから。
それにもう、俺はお前を前にして昔のようには呼べない。
ビデオの前で確かに呼びかけられた言葉も、本人を前にしてはそれも引っ込んでしまう。
気まずい空気がそこに流れた。
いや、気まずいと感じたのは俺だけだったようで、サイファーは俺の後ろに目をやってこれまでの表情を一変させ、どちらかというと滅多に見ることのできない、苦手なものを見るような表情をしていた。
不思議に思ってサイファーの視線を追おうと後ろを振り向く……までもなく、ソレは俺の横を通り過ぎた。
「師匠!」
そう静かに叫んで思いっきりダイビングしながらサイファーに抱きつきをかまそうとして、それに一瞬早く反応したサイファーに頭を抑えられたソレが、伸ばした手をじたばたさせている光景があった。
「テメェ、付いてくるなって言ったろ」
サイファーがそう言うと黒いソレ、どうやら少年だったようで、彼は体をサイファーから離し、褐色の瞳を彼に向けて静かに言った。
「不安だったから」
「だからお前は話を端折るなって何度言ったらわかるんだ。伝言があるんだろ? 言ってみろ」
「えっと、教授からの伝言。片羽さん、更に倍。だそうです」
「だから端折るな!」
冷静な目をした、まるで感情がないように見える少年の言葉に一々突っ込みを入れているサイファーの図に、俺は呆気に取られたまま別な意味で動くことができない。
こんなコミカルなサイファーは初めて見る。
それにしてもこの少年は一体何者だ?
そして少年が静かに叫んだ『師匠』という言葉。
サイファーが師匠? 頭がおかしくなりそうだ。
「ほら、お前が気になってたピクシーが困ってるぞ。ちゃんと自己紹介くらいしろ」
半ば呆然としていた俺に、サイファーが話を振った。
少年はピタリとその体の動きを止め、俺に向き直る。
黒い髪に褐色の、真っ直ぐ人を見つめるサイファーより10センチ以上背の低い彼の瞳に俺は、何故か心の底まで見られているような感覚を受けてしまい落ち着かない。
格好はジャケットを着ているという違いはあれど、大体サイファーと同じだった。そこに色々付いたらパイロットがコックピットにいる姿の出来上がり。
ということは、彼もまたパイロットなのだろうか。
「初めまして。師匠の相棒の人ですよね。テレビで見ました。俺はカイ・マキノ・スタンポートと言います。年は25、今年で26になります。性別は男で、師匠、エアハルトさんの教え子です」
まるで機械のように抑揚のない声でそう言って、ペコリと頭を下げた。
チョット待て。
この少年が既に25・6だっていうのにも驚いたが、それ以上に驚いたのが、
「サイファー、お前に教え子?」
だった。
「こいつが勝手に言ってるだけだ。実際の教え子じゃない」
「実戦でした」
「だから、言葉を端折るなって何度も言ってるだろ」
心底うんざりした様子でサイファーがカイと名乗った少年、いや青年に言っている。
やがて大きく一息息を吐いたサイファーが
「カイ、残念だがこいつを引っ張ることはもう無理だ」
と言った。
「師匠。倍の話……」
言いかけたカイの言葉を遮ってサイファーが歩きながら言う。
「無理だ。行くぞ、カイ」
「……」
二人の会話に戸惑う俺を、カイの冷静な目が静かに観察している、ように俺には見えた。
というよりこのカイという青年、一体何を考えているのか全く読めない。
そしてサイファーが俺に視線を向けて
「ラリー、時間をとらせて悪かったな。だが会えてよかった。じゃな」
そう言って、今度こそ振り返ることなくそこから歩いて去っていく。
その後ろを、俺とサイファーを冷静な目で交互に見やっていたカイが俺に小さく頭を下げて付いてく。
その光景を、眩しいと思ってしまう自分がいる。
手を伸ばせば届きそうなその光景。
何故あそこに立っているのが俺ではないのか。
あいつの10年は、どんなものだったのか。
気にならないと言えば、それは嘘だ。
――少しの間だけでいい。触らせろ。嫌なら抵抗してくれ。
無意識に触れていたものが、意識的に触れることに変わった瞬間の台詞が頭に流れる。
あの瞬間まではお互い無意識だった。無意識、だったと思う。
俺があいつに触れても何も言われなかったし、あいつが俺に触れても何も思わなかった。
最初に意識したのは恐らく俺の方、だったと思う。
それにサイファーが何て答えたか、耳が、体が覚えてる。
――嫌じゃない。
サイファーの隣に、自分以外の人間がいるその光景に、まだ俺は……
クソ。
だが頭が答えを出すよりも感情が先に動き、結論を口に出していた。
「俺はスカーフェイスではなく、お前になら付いていってやる――相棒」
「急に呼び出してすまないなカイ」
教授に呼ばれて基地に顔を出すと、その人が伝言と共に師匠の場所を教えてくれた。
だから急いで司令基地を出てここに着陸し、教えられた場所へと走った。
追いかけるのに使った機体はナンバーを消したメビウスマークのF-22Aだったから、地上の人たちに笑顔が戻ったのはよく分かったけれど、ごめん。今それに構っている暇はないんだ。
伝えるべきは、片羽さんを引っ張ってきた場合の報酬の件について。
でも、どうして教授がわざわざそれを俺に伝えさせようとしたのかは分からない。
それに上手く伝わるかどうかも分からない。
大体あの人は汲み取ってくれるけれど、それでも。
それは俺の癖。言葉を端折るという致命的な理由からだ。
どうして言葉が出てこないのか、自分でもよく分からない。
でも師匠に会える。それだけで自然と足は速くなった。
そして姿を見た瞬間手が動き、いつものように……あぅ。痛い。痛いです師匠。
「テメェ、付いてくるなって言ったろ」
ギロリと睨まれても俺はめげない。
この人の半径二メートルに流れる空気に、俺はとても落ち着けるから。
ずっとそう言ってるのに全然信じてくれない師匠。
しかも戦闘機に乗っているときはなお更その範囲が広くなるから、俺はこの人の隣が好き。
付いてくるな。うん。確かに言われた気がする。
でもね師匠。
あなたが片羽さんに会えたかどうか
「不安だったから」
というと、やっぱりこの人は汲み取ってくれた。
それが嬉しくて、言葉が出てこないのかもしれない。
やがて師匠に促され、自己紹介を片羽さんにする。
うん、ちゃんと喋れてる。
相変わらず声に感情は乗らないけれど、それでも誤解されることは、ないと、思う。
我ながら上出来な自己紹介、だったと思う。
自己紹介しながら俺は、一度だけ師匠が名前を言った『ラリー』という人のことを本人を目の前にして改めて考えていた。
そして俺の、片羽さんの第一印象は、
――あぁ、やっぱり俺と同じ二番機の人だ。
だった。
そして俺は、師匠から衝撃的な言葉を聞く嵌めになる。
「こいつを引っ張ることはもう無理だ」
そう師匠が言ったとき、信じられなかった。
お金で動く師匠が、引いた。ということに。
この件、確か成功報酬だったはず。
俺は冷静な顔を崩すことはなかったけれど、内心では驚いていた。
その証拠に俺の眼は、片羽さんと師匠を交互に見てる。
「行くぞ、カイ」
そう言われれば俺は師匠についていくしかない。
何故引いたのか聞いてみたいけれど、言葉を端折る俺では上手く聞きだせないだろうから、黙って師匠について歩く。
その後ろから、
「俺はスカーフェイスではなく、お前になら付いていってやる――相棒」
という、片羽さんの声が聞こえたんだ。
アトガキ