AceCombat -Zero-04
The Passion of Pixy
オーシアのジャーナリストのインタビューを受けた後は、そりゃぁ酷かった。
仲間も上も、自分を見る目が劇的に変わったのが印象深かったな。
おかげで重要なこともやらされるハメになり、ただでさえ忙しいのに更にその上に『余計に』の三文字が引っ付いた。
だがそんな中でも戦闘の合間にぽっかりと開いた、空白の時間と呼ぶべきものは必ずある。
俺たち陸兵がつかの間の休息を取ることができる貴重な時間だ。
だがそれも、上官の命令一つで潰されることだってある。
「フォルク少尉、補給のため基地へ向かえ」
自由エルジアと名乗る組織がどこかしこで生まれ、その抵抗も激しいうえに最近ではどうやら組織化されたらしく、厄介な存在へとなっていくその過程の中で、ISAF所属の義勇兵もまた、ISAF陸軍と共に行動することも多くなった。
しかし俺は、例え補給のためであってもなるべく前線を離れたくなかった。だがそれは俺を、あのインタビューの後も変わらない態度で俺をここまで使ってくれていた上官の命令だったから、半ば仕方なく準備をし補給基地に向かう。
まったく、空では自由だったのにな。
愚痴をこぼしたところで何も始まらないのは分かっている。
地上での戦いを選んだのは、紛れもなく自分自身なのだから。
だがそれもそろそろ終わろうとしている。
俺は、轟音鳴り響く空を見上げて、見上げて、見上げてそして心底、ゲンナリした。
基地に着くと、輸送機と護衛戦闘機が俺たちの到着を待っていた。
ハッキリ言ってその光景が眩しいと思うこともある。その昔は、自分自身もその護衛の任についたこともあるのだから。
だが今はその輸送機の中身を受け取る側だ。
俺たちと共に基地にやってきた直援の護衛ヘリは、帰投のための補給を受けるため着陸の準備に入っていた。そんな中、早速引っ張ってきた空のトラックに輸送機の中身の荷を手早く積んで持って帰る準備をする。
他の奴より回数は少ないとはいえ、何度となくこなした任務だ。手はずは分かっている。
トラックに荷を運び入れている途中、背中を叩かれ振り向くと、タバコを口にくわえ銃を肩に下げている、この戦闘で知り合った男がそこに立っていた。
「いつものお客さん」
そいつはそう言いながらクイッと右手を動かし、親指をあさっての方向へ向けて顔を動かしてソイツがいる方向を指している。
そしてその言葉の中身を、俺はすでに分かっていた。
あのインタビューの後、定期的に接触を図ってくる組織があった。
ISAFの中に独自に存在している傭兵航空部隊、名前を確かスカーフェイス隊と名乗ったか。
元ベルカ空軍の白鳥と呼ばれたアクセル・ライヒェルトがハンティングを受け、そこに半ば雇われる形で引っ張り込まれたという噂が流れてきたのはつい最近のことだ。
傭兵嫌いで有名なベルカの空軍の人間ですら、その『傭兵』という職に引っ張り込ませるその手腕に俺は驚いたのを覚えている。一体どうやって引きずり込んだ? と。
だが俺はその話を断り続けている。
今回も、断るつもりだった。
断るつもりで後のことを男に任せ、伝えられた場所に足を向けた。
だが――
「お前、国境の意味は見つかったのか」
そこに響いた懐かしい声に全身が凍りついたかと思った。
体が硬直して動けない。一瞬そこに居るものが幻か何かだと本気で思ったほどだ。
しばらく硬直した体のままそこに突っ立っていたが、やがて目の前の光景を確かめようと目を瞬かせると、やはりそれは幻ではなく銀糸の髪に酷く薄い青色の目の男がそこに実体を持って立っていた。
しかもそいつは10年前と変わらない、いや10年前よりも更に強かになったその不遜不敵、という言葉がピッタリ合う笑顔とも不機嫌なとも取れる、つまりよく分からない表情をその顔に貼り付けていた。
「……サ、サイファー」
名前を呼ぶのにも一苦労だ。いや、その名を口にするにはおそらく敵を銃で撃つ以上の勇気が要った。
10年前とほとんど変わりないように見えるサイファーが、腕を組んでいつかの銃撃戦で穴だらけになり焼けて煤けた壁に背中を預けて目の前に立っている。
ここの基地周辺は安定したが、外壁を直すまでには至っていないのだから戦争の傷跡がそこかしこに残っているのは仕方が無いのだが、それにしてもお前がどうしてここにいる。
あぁ、驚きのあまり頭が少し変になっている。しっかりしないと。
「何故、ここに」
名前の他にはそれだけ言うのが精一杯だった。未だ俺の精神は衝撃から立ち直れてはいない。
その証拠に声が少し震えてやがる。
「それはこっちの台詞だ」
一瞬の間もなく反論したときの、俺を睨みつけた表情と少し低い声音からしてかなり怒っているのが伺える。そして彼が何故怒っているのかも、心の底で理解できた。
国境というものに疑問を抱き、否定し、その結果敵対し消し去ろうとした自分が、何故ISAFに、しかも国境を維持しようとする側に義勇兵として参加しているのか。
ということなのだろう。
だがそれをお前に説明するには、まだ時間が……
そう思っていると、一息素早く息を吐いたサイファーが肩を竦めて言った。
「『片羽の妖精と呼ばれたラリー・フォルクという人物が、そちらのISAFの義勇兵として参加しているとのことですが本当ですか? もし本当ならばお忙しいところ大変申し訳ないのですが、その人物にお取次ぎ願えませんでしょうか』」
スラスラと出てきたその台詞は、彼のものではなかった。
だが自分が聞いたあのブンヤの台詞でもない。どちらかと言えばその言葉は、ブンヤが自分を探す際、ISAFに電話した際に発したと思わしき確認の言葉、のような気がした。
「まさかお前……」
そこまで言ってまた言葉が止まる。
「あのブンヤの電話を、ISAFで一番最初に取ったのは一体誰だと思う?」
そう言って不機嫌そうに、だが不敵に、笑った。
ISAFの本部に掛かってきたあのブンヤの、電話の向こうで告げられた言葉を俺は一生忘れることはできないだろうと思った。
それほどまでに衝撃だったのだ。あの電話は。
あの後、自分がどう対応し、どうやって関係部署に取り次いだのかよく覚えてはいない。
冷静さは在る、と思っていたがどうやらそれは自分の、あいつが言ったように『過信』だったようだと、このとき初めて自覚した。
そして気が付けば、どこからかその話を知ったらしいクソッたれ司令が
「暇をもてあましているのだろう? 地上を見てこい、エア」
という、いつか聞いた台詞と似たような言葉を吐いたかと思えば事態は急展開を見せ、気が付けば数人の陸兵と共にあのブンヤの護衛兼道案内をさせられていた。
偶然にして電話を取っただけだというのに、この扱いは無いと言ったもののどこ吹く風。
「退役した人間を養うほど、ISAFの懐は暖かくないんだ。それにお前は陸戦も得意だろ?」
これがあの大陸戦争で英雄とまで言われたメビウス1の、地上での扱いだとでも言わんばかりに、あの男は平然と危険地域に足を踏み入れさせた。
やがて、『彼』を追っているというブンヤに影が付きまとっていると分かったのはデラルーシ国境を目指して二日目のこと。
「あんた一体! 何追ってるんだ!」
急ハンドルを切って路地に入り込み追っ手を撒く。
廃墟が立ち並ぶガタガタに近い、道と呼べないような道を一台の輸送車両が猛スピードで砂埃を巻き上げ駆け抜ける。
問いかけておきながら、俺は大体の察しはついていた。
あの戦争と『片羽の妖精』とくれば、追う者は一つしかない。
だが俺は奴に会う気は、元より全く無かった。
それにブンヤがここに居ると言って聞かない『ラリー・フォルク』が、あのラリー・フォルクだという確証もない。
そんな不確かな情報に、必要以上に動く気も動かされる気も更々なかった。
おまけに無報酬とくれば、それ以上指一本動く気も無いというもの。
そう。
あの戦争のことは、もう既に過去のこと。
たしかに、オーシアから出された公式資料の中にかつて自分が付けられた名前があったことは確かだが、今更それに執着する気は更々なかった。
捨てた名前。
それにオーシア側もあまり出したくないらしい名前。
利害は、よく分からないところで一致していた。
「私が追っているのは『円卓の鬼神』だ! だがあまり歓迎されてはいないようだ!」
ビデオカメラの入った布カバンを大事そうに抱えながら、そのブンヤは半ば叫びながら質問に答えた。
「あぁ、だろうな! クソッ、後ろ!」
チラリとサイドミラーに映った光に対する指示を、ほとんど条件反射的に陸兵に出していた。
そう。
私が追っていたのはあの戦争で消された傭兵、円卓の鬼神。
主にオーシアとベルカが隠した闇の一つが明るみに出たとき、強烈に惹かれたのがその『鬼』という名前だった。
確かにこれまでのインタビューで危険な奴等がうろついているらしいことは、なんとなく分かってはいたが、まさかここまで危険になるとは予想だにしていなかった、といえば嘘になる。
そして、いきなり頼み込んだにも関わらず、ISAF陸軍の兵士が四名も護衛に付くとは思わなかったが、それ以上に驚いたのは、彼らの『運転手』として紹介された銀髪の青年の存在だった。
「あんたの電話を最初に取ったエディ・スコットだ。よろしく、ブレッド・トンプソンさん」
不機嫌そうな顔で挨拶を求めてきた。
「ISAFとデラルーシの国境まであんた等を送る。それが俺の今回の任務だ」
「あんた、等?」
まるで自分はそれに含まれていないかのように言うのが気になった。
「そこから先は手配したデラルーシ側の兵と合流し、そこの陸兵四人と共にあんたを目的のところまで連れて行く。で、帰りはヘリが間に合うからそれに乗って帰れ。以上だ」
軍人特有の命令口調でエディ・スコットと名乗った男は俺に言ってきた。
「君は?」
国境で別れた後は、この男は一体どうやってここに帰ってくるのだろうか。
「俺か? 使った車で帰ってもいいし、ま、適当に」
「適当って、君は最後まで一緒じゃないのか」
「冗談言うな。俺の契約に往復は含まれていない」
不機嫌な顔を隠さずにそう言って、これ以上の質問を切って捨ててきた。
そんなスコット大尉への第一印象は、随分と嫌そうな男だな、だったが、実際彼が何故運転手に選ばれたのか、その理由がその道中で十二分に理解できた。
ISAF陸軍の兵士ではないと言っていたが、その指示は的確だった。
「先遣に二名、ルートの選択は俺がする。アカタニ、お前はブンヤの護衛についてろ」
「あぁ。わかったよエディ」
やがて国境へと近づくにつれ、襲撃の回数も減っていったが。
そんなジャーナリストの護衛隊四人のリーダーが、なんとやる気のない運転手だったといったら、ISAFの陸軍兵士は、怒るだろうか。
やる気のない運転手?
むしろ大歓迎だね。
いや、彼の同行を歓迎しない奴がISAF内にいるならお目にかかりたいものだと思う。
そして、そんな運転手が偽名を使っていることに何も不思議には思わなかった。
確かに用心に用心を越したことは無い。
それにしても、いつ本名を言ってしまわないか常に違った緊張が俺たちをまとわり付いていたのは確かだ。
しかし、この人の指示はいつも的確だ。
さすがISAFの英雄! よ、このリボン付き! なんて、指示が下るたびに内心小躍りしてたってのは、ここだけの話だ。
それにアカタニと、名前を覚えてくれた。
それだけで大満足だ。
「それでは、スコット大尉、お役目ご苦労様でした」
敬礼をしデラルーシ国境基地で別れる。
この人の仕事はここまで。
ここから先は、本格的に陸兵の仕事だ。
さぁて、腕が鳴るぜ。
アトガキ