「あなたは、片羽には会いに行かれないんですか?」
は最後に聞いてみた。
この質問は、今回のインタビューで一番聞きたかったことでもある。
「あいつに?」
だが意外な顔をされてしまった。
会う、という事自体を全く考えていなかった、とでも言いたそうな顔。
片羽は鬼神である彼が同じユージアにいることを知らない。だが彼は片羽がこの大陸のどこかにいることを知っている。ならば一度くらいは会いに行ってもよさそうなものなのに、と思っていたのだがその予想は完全に外れてしまったようだ。
「そうだなぁ。報酬次第かな」
彼は再度顔を空に向けて懐かしむように言う。
「報酬次第、ですか」
またお金の話だ。彼は本当に金で動く人間なのだ、というのがよく分かってはまたもや苦笑いする。ということは今回のインタビューも司令が辟易したというのは建前で、どうやら裏ではお金かそれに準ずる何かが動いていたようだとは思った。
「それにテレビを通して伝言伝えてきたってことは、まだ会いたくないっていう証拠じゃないかな」
と、片羽の心情を分かっているかのような彼の言葉には思わず顔を向ける。
そういえば、片羽は自分と彼のことを何て言っていたか。
鏡のようなものだと、似てはいるが正反対だと言っていたではないか。
ということは彼の、自由エルジアが大きくなっても構わないという言葉は、もしかしたら例え陸に降りたとしても片羽ならば切り抜けられるという信頼の上で発した言葉、ということなのかもしれないとは自分のさっきの考えを少しだけ訂正する。
その上で、彼の心がどこにあるのか知りたくなった。
「あなたは、彼に会いたくないのですか?」
ZERO-Cipher-04
「さぁな。報……」
先ほどと同じ答えをよこした彼の言葉が、途中で途切れる。
「ここに居たか。ハーミット大尉」
途端、少し苦虫を噛み砕いた表情をする彼に代わって、がそれに応えた。
「ルッソーニ司令?」
「やぁさん。どうも」
そこに立っていたのは、濃い紺色の上下スーツと白のシャツを着てA4ボードを小脇に抱え、目元に傷のある年齢の割りには引き締まった体をしている細身の男だった。
が無理を言って、大尉曰く辟易させてこのインタビューが実現したのだから顔と名前くらいはお互い覚えた。そして、とてもではないが今年で48になる男には到底見えない、というのがの印象である。
雰囲気がとても若々しいため、今でもパッと見の第一印象では好青年で通りそうだ。いや、この円卓の鬼神と呼ばれた彼もまたとても若く見え、まるで20代の青年を相手にしていたような、そんな不思議な感じではあったのだが。
そしてそんな彼に名前を呼ばれたハーミット大尉は、とても不機嫌そうな顔で応えた。
「あんたか」
「おやエア。何か問題でも?」
肩を竦め、顔を器用に動かして余裕さを崩さずに対応するルッソーニに、エアとニックネームで呼ばれたハーミットは肩をがくりと落とし答えた。
「いや、別に」
そんな彼に、部外者がいるのも構わずにルッソーニが若干真剣な顔に変わり、話しを続ける。
「エアハルト。あれが正式に決まったぞ。というわけで、頑張ってくれよ?」
「……いくら出るんだ?」
「さぁな」
それは俺も知らないとばかりに言うルッソーニに、ハーミットが噛み付いた。
「もう報酬なしで、は無しだからな」
ったく、思い出したくもねぇ。と言う言葉がの耳に入ってきて、それを聞かない振りをしながらも苦笑いを隠せない。
きっとこの司令にタダ働きをさせられた過去があったのだろうと簡単に想像がついたから。
しかしそんな苦情を言う大尉は放っておいて、とばかりに顔をに向けた司令が言ってきた。
「あぁさん。この先もしここに留まるというのならば、あんたはジャーナリストなら見たいと思っていた光景が見えるだろう。何、身の保障はこちらが受け持とう。どうだね?」
「はい?」
いきなり話しを向けられても『話』自体が見えてこないため、疑問を呈するしかに選択肢がない。
一体何が始まると言うのか。
ジャーナリストとしての興味と個人としての興味が、ルッソーニの言葉に引っ掛かる。
「ジャーナリストを入れるのか」
「お前は何を言っているんだ。入れるのは妖精だ」
割り込んできたエアに対し、呆れたように司令が言う。
「あ?」
今度は大尉が疑問を呈する番となる。
「これ以上の休暇は出せないが、指二本出すから」
「だから、俺に何をさせ……」
大体の予想はつく。つまり、
「お前、片羽を引っ張って来い」
「冗談だろ」
覿面に嫌な顔をして答えるエアハルトに、
「冗談で金を出す馬鹿がどこにいる」
と、大真面目でルッソーニが返した。
「あのな」
「それにあのテレビがこっちで放送された後、我々が彼にアプローチをしなかったとでも思うのか?」
「……」
「彼もまた、我が隊にはもってこいの人材だ」
嫌そうな顔を通り越した、不機嫌そのものの顔でハーミット大尉が吐き捨てるように言う。
「あいつも不死鳥に引っ張り込む気か」
だが、そんな脅しに近い声のエアハルトにそう言われた司令の方は、全く意に返さなかった。
それにしても、不死鳥?
は、その言葉に引っ掛かりを覚えた。
――メビウス中隊に引っ張り込む、ではなく不死鳥に引っ張り込むとはどういう意味だ? それに、あいつ『も』?
彼は、少なくとも大陸戦争時はメビウス中隊の人間であり、もしここで部隊名が出るとすれば『メビウス中隊』でなければおかしいからだ。
しかしそのメビウス中隊は大陸戦争後に解散したとも聞いているから、不死鳥という言葉には謎が残る。
が疑問に思っている間も、二人の会話は続いていた。
「今のお前はそれに反対できない」
「だが一度空を下りたアイツにまた飛べと言うのか」
「片羽は完全に空を諦めてはいない。これを見ろ」
渡されたのは、ルッソーニが持っていたボード。
それをめくっていくと直ぐにハーミットは彼の言葉を理解できた。
「あいつ……」
そう言ったきり、ハーミットの言葉が自然と止まる。
ボードに挟まれた用紙を見る目は、正に真剣そのものだ。
それにしても、あの戦闘の合間に一体どこにそんな時間があるというのか。
そこに書かれてあったのは、日時や空港・軍施設の場所はバラバラだったがISAFが管理する空港から送ってもらったと思わしきライセンス取得ギリギリの飛行時間の記録。
それは、空を捨てられない、だが戻りたいとも言えない男の本音。
「後はお前にまかせるよ、エア」
「前金は?」
「この件は不確定要素が多いのでね、成功報酬だよ。エアハルト・ハーミットISAF『少佐』」
成功報酬と聞いてハーミット大尉、いやISAF少佐の肩がガクリとうな垂れる。
そんな彼に司令がついでとばかりに言葉をかけた。
「あぁそうだ。二日後にデラルーシ行きの補給輸送機が出る。それまでに受けるかどうかを決めておくんだ。それではさん、そろそろ時間ですのでこいつの解放を。先ほどの話の詳細は、歩きながらご説明いたしますよ」
設けられた時間の最後に感謝の握手を求めると、円卓の鬼神でありリボン付きの死神であるエアハルト・ハーミットは躊躇いながらも応えてくれた。その後、司令の後をついて歩いたの後ろから、低く恨めしい声が聞こえた気がした。
「ったく、どいつもこいつも」
アトガキ