「そういえば、あんたの名前を聞いていなかったな」
思いついたように彼は言ってきた。
「私はオーシアOBCのジャーナリスト、・といいます。あれ、最初に名乗りませんでしたっけ」
確かこのインタビューの前に軽く自己紹介をしたはずだと思い至る。
「だったっけ。どうも昔から忘れっぽくて」
「ハハハ」
鼻を掻き、照れを隠すように笑う彼にもつられて笑ったが、大丈夫かこの人。と不安に思った。
ZERO-Cipher-03
は彼、同僚ブレッド・トンプソンが探せなかったベルカ戦争の消された英雄、円卓の鬼神の居場所を探し当てた。
まさか片羽同様ユージアにいるとは思わなかった、というのがの正直な感想である。
しかも彼はISAFの軍人だった。
粘り強く行った頼み込みの末にようやくインタビューにこぎつけのだが、設けられた時間は僅か30分。しかも軍施設内にあるハンガーの外で、だ。
ここから少し視線をやれば滑走路が見えているし、空からは時折轟音が鳴り響くしで、これはもうイヤガラセのレベルを超えているとしか思えなかった。
部屋はどこも空いていないというのでここに案内されたのだが、それにしてもコレはちょっとヒドくないか? というのがの印象だった。
――ま、あまり贅沢はいえないが。
この軍は今、寄せ集めの集団で編成した手前いろいろ『ちゃんぽん』になってしまったそのツケ、いや事後処理やら部隊の再編成やらで、終戦直後よりはマシになっただろうが、それでも忙しいのだから目的の人物がインタビューに答えてくれただけでも幸運と思わねばやっていられない。
そして最後に告げられた言葉に、は思わずつんのめりそうになった。
「俺としては、できれば使ってほしくないな。そのテープ」
「なッ!?」
年甲斐もなく驚きをそのまま表現してしまうほどに。
「色々面倒なんだよ。ISAFの中でもお宅の放送を見て鬼神に興味を持ったやつもいるし、何よりあれから俺がそうじゃないかっていう噂が正直、鬱陶しくてな」
腕を組んでハンガーの壁に背中を預け、遠い目をして言う彼はどことなく疲れているようにも見えた。
それにしても、円卓の鬼神=リボン付きの死神。両者とも彼なのに過去の自分を探られるのが鬱陶しいとは。
しかしその理由は分かる気がするだが、ここは引くわけにはいかないと彼は意思を強く持ち答える。
「……はぁ。ですが、引き受けてくださったのはあなたでしょ?」
「違うな。引き受けたのは俺じゃなくて、司令が、だよ。まぁあんたのしつこさに辟易したってのが正直なところなんだと」
司令が。のところを強調して言うと彼は滑走路に視線をやり、空を見上げる。
どこかの誰かを懐かしんでいるかのような目で。
「案外いい加減なんですね、ここ」
思わずの本音が漏れる。
軍というからもう少しお堅いのかと思っていた。でもあのエルジア軍による怒涛の進撃から大急ぎで再編し反撃に出るまで、そんな悠長な時間はなかったはずだからある程度の『いい加減さ』がなければやっていられないのだろうとは思った。
そのとき、滑走路を走った轟音が空へ消えていくのをは聞いた。
その後ろに二機目・三機目が待機しているので、恐らく哨戒にでも行くのだろうか。
「まぁな。それほど混乱してた、ってことさ。だからスマンがブンヤさん。頼むよ」
「しかし」
「それにここの軍のことだってある。未だ残党がうろついてるのはあんただって知ってるだろ。余計な風は立てたくないんだ」
まるで争い事はしたくない、とでも言わんばかりのその台詞には本日二度目の本音を思わず吐露してしまう。
「なんだか、予想していたのとは違いますね」
しかしその言葉は、幸運にも哨戒に上がった戦闘機の轟音でかき消された。
「ん?」
「いや、なんでもありません」
それにしても、この気弱そうな態度はどうだ。
想像と全く違った『円卓の鬼神=リボン付きの死神』の姿。
これが地上での彼の姿なのだろうか。
捉えあぐねていると、
「それに、地上の奴らに下手に取られたくないからな」
とカナリの問題発言が聞こえてきた。
「……はい?」
「ん? だからさ。今陸軍に大規模に動かれると俺たちの取り分が減るだろ?」
「取り分、ですか?」
意味が図りかねずに語尾が上がってしまう。
だが彼は意に介さず肯定した。
「そ」
それにしても陸軍に動かれると『取り分』が減るとはどういうことなのか。
彼らは協力していたのではないのか?
「ですが、戦争末期ではお互い協力していたのでないのですか?」
確か、メビウス中隊を中心にした陸海空の共同一大反攻戦で大陸戦争は幕を下ろしたはずだとは思った。
そしてその中核の中の中核を担っていたのが目の前に立つガルム1、サイファーことメビウス1だったはずだ。
ほぼ無関係なオーシアからこの地で起こった戦争を見ていたとは言え、ほんの半年前のことなのだ。忘れるはずがない。
そして現在、その更なるエルジア側の反攻がいたるところで発生している。勝ったといっても小国辺りの国境は未だ不安定なままだ。
そしてそんな不安定な国境に、かつてそれを消し去ろうとした彼の元相棒、片羽の妖精と呼ばれた義勇兵が戦っている。
今度は空からではなく、地に足をつけた陸兵として。
「分かってないなぁさん。あのな? 作戦で協力するのと、いらぬところで陸海の連中にあいつ等を大規模に叩かれるってのは違うんだぜ? コ・レ・が」
理解しきっていないのために、彼がかなり噛み砕いて言いたいことを説明した。
そして最後の一音ごとに切った『コレが』のところでお金のマークを作って言う。
それでは彼の言っていることを理解し、た途端顎が外れるかと思った。
――ヒッデェ!
「だから、今は大人しくしているのが一番なのさ。エルジアの勢力が大きくなってくれれば、それだけで叩き概があるからな」
それを聞いては、この大陸のどこかの最前線にいるであろう片羽にほんの少しだけ同情の念を向けた。
彼はその反攻を少しでも抑えようと戦っているというのに、君の元相棒ときたら、金がもらえるほどに叩けるならば自由エルジアの規模がデカクなっても構わないと思っているらしいぜ? と。
――ヒドイ。酷すぎる。……鬼……だ。本当の鬼だ。トンプソン、君が見たいと思っていた鬼神は『円卓の鬼神』なんかではなく、どうやら相当の銭守奴だったらしい。
同僚が会いたいと願った『鬼神』がコンナだったなんて!
衝撃さめやらぬだったが、その横で告げられた
「それに相手はあのエルジアだぞ? そう遠くない将来また出番があるさ」
の言葉は、手間取っていたのだろうか少し遅れて哨戒に上がった三番機の轟音にかき消され、には聞こえなかった。
ただ、腕の通っていない茶色のジャケットの袖だけが、静かに揺れていた。
アトガキ